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「助かった命ならあこがれの国で夢をかなえよう」。昨年5月の中国・四川大地震で被災した後、そんな思いを胸に秘めて来日した中国人男性がいる。兵庫県尼崎市の日本語学校に通う留学生の●(=登におおざと)鵬さん(23)。幼いころに見て感動した日本のアニメの制作技術を学ぶため、大学院進学を目指す日々だ。「日本語が上達したら阪神大震災の被災者とも交流したい」。アニメを介した日本との“縁”は今、被災体験を通じた国際交流という新たな夢もはぐくんでいる。
●(=登におおざと)さんは四川省生まれ。小学生のころ、現地のテレビ放送で「ドラえもん」「スラムダンク」などの日本のアニメに出合った。色鮮やかで繊細な映像美に魅せられ、日本の文化に興味を抱いた。高校卒業後には同省成都市の電子科技大に入学し、アニメ制作の基礎となるソフトウエアデザインを専攻した。
被災したのは大学4年の時。昼過ぎ、大学の寮でくつろいでいた際に激震に襲われた。震源地から約60キロ離れた大学では目立った被害はなかったが、少し離れた場所では学校が倒壊するなどして多数の死傷者が出た。両親を亡くした同級生の悲嘆に暮れる姿にも心が痛んだ。
翌日からボランティア活動に加わった。大学は被害が大きい震源地付近に救援物資を運ぶ中継地になっており、通りかかったタクシーやトラックに荷物を積み込む作業を手伝った。日本の医療チームが他国に先駆けて救援活動を始めたと聞き、頼もしく思ったことを覚えているという。
約2カ月後に大学を卒業したが、進路に悩んだ。「助かった命なら好きな道を歩むべきでは」…。両親に日本行きを相談すると、同県西宮市に親類がいることを聞かされ、留学を決意。今年4月、2年制の尼崎国際日本語学校に入学した。
現在、学校では約60人の中国人仲間と寮生活を送り、12月に実施される日本語能力試験に向けて猛勉強に励む。卒業後は大学院に進学して専門的なアニメ制作技術などを学ぶつもりだ。「日本の高度な技術を中国に持ち帰って広めたい」と話す。
一方、母国でインターネットを通じて知っていた阪神大震災の被災地で暮らす中で、自然と、もう一つの夢が芽生えた。
同じような大地震に見舞われた故郷の惨状は生々しく記憶に残る。だが、阪神地域の街並みにはすでに震災の面影が見当たらないほど復興が進んでいることに驚いたという。
「15年を迎える来年の1月17日には慰霊イベントに参加しようと思う。阪神大震災を経験した日本人の友人も作って、復興途上にある祖国の被災者にも紹介したい」
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2009-11-24
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