「ヘッドハンター」の存在感が最近高まっています。転職に対する抵抗感が以前より小さくなり、より良い職場でキャリアアップを目指す人が増えたためで す。企業の依頼を受け、秘密裏にライバル会社の有能な社員に接触し、転職を橋渡しする「黒衣」。彼らの素顔と業界の姿をのぞいてみました。
皇居が一望できるパレスホテル。大手金融機関が周辺に集まり、静かに話ができるため、吉村さんもよくこのホテルを使うという=東京・丸の内で
日本に拠点がある主なヘッドハンティング会社
昨年11月下旬、東京の外資系投資銀行に勤めるAさん(35)の職場の電話が鳴った。「ヘッドハンティングをしている会社の者です」。電話の向こうで、男が礼儀正しく告げた。「米系の金融機関が、優秀な人材を探しています」
1週間後、Aさんは指定された東京・丸の内のパレスホテルに向かった。最上階のラウンジからは、黒松が立ち並ぶ皇居外苑が一望できる。絶景だ。なのに人目を避けるためか、窓から遠い一番奥のついたてに隠れた席で、ダークスーツに身を包んだ長身の男がAさんを待っていた。
「あなたの経歴なら相手も納得するでしょう」。米系金融機関は、日本での事業拡大を計画しているという。年収も、今よりいい条件を提示されそうだ。1時間ほど話を聞き、後日、米系金融機関の責任者と面接することが決まった。
Aさんには、昨年11月末から年明けにかけて5人のヘッドハンターから誘いがあった。別の外資系投資銀行、米系メーカー……。Aさんは「最近、特に多いな」と感じる。現在も転職するかどうか迷っている。
Aさんに米系金融機関の話を持ち込んだのは、30代の金融ヘッドハンター。日本の人材派遣会社から昨春、経営幹部をスカウトする外資系の会社に転じた。 「サブプライム問題で巨額の損失を出した欧米の金融機関には、規模を縮小する部署も出ており、人材が動きつつある。会社の先行き不安から、自ら転職を決断 する人も多い」。業績のいい企業には、人材確保の好機でもある。
ヘッドハンターは、企業からの要望に沿って人材を発掘する仕事だ。企業が外国に進出したり、事業を強化したりする際、経営陣や幹部を見つけてくる役回りが多い。
手数料は、スカウトして転職させた人の初年度の年収の25~40%程度という。外資系企業の経営陣や金融機関の幹部ともなれば、数千万 ~1億円超という年収も珍しくなく、手数料も膨らむ。それでも「企業は人材が命。特に幹部以上は、高い依頼料を支払ってでも良い人材を探し求めるニーズは 強い」(業界関係者)という。
「優秀な人の周りには良い人材が集まるものです」。外資系金融機関で23年間勤めた後、01年からハンターに転じ、現在は独立した吉村 観玉さん(54)はこう話す。良い人材を一本釣りするには、情報と人脈が生命線だ。過去に自分が実際に働いた経験がある業界を担当することが多いのはその ためで、「転職のお手伝いをした人とはずっと付き合い、新聞や雑誌で活躍している人の情報を常に集めている」。
一方、転職を繰り返しすぎると、外資でもマイナスに見られるという。そのため「いくら本人が転職に乗り気でも、『もう少し今の職場でキャリアを積んだ方がいい』と助言することもある」。
転職の時代 100億円市場
世界各国に拠点があるヘッドハンティング大手は、1950年代に米国で設立された会社が多い。野村証券から20年前にこの世界に身を投じ た、米大手スペンサースチュアート日本法人のシニア・ディレクター、辻淳一郎さん(64)は「大手の多くは企業に経営戦略を提言するコンサルティング会社 だったが、戦略を実行に移せる人材の発掘が必要となり、起業が相次いだ」と話す。
終身雇用制度のもとで転職を志す人が少なかった日本にも、70年代ごろから大手が進出を始め、90年代以降、米国やスイスに本社があるトップ5社が出そろった。これに日本勢も加わり、「現在の国内の市場規模は100億円超」(業界関係者)とされる。
日本人の転職に対する意識も変わってきた。国内大手の縄文アソシエイツで製造業やハイテク業界のスカウトを担当する辻信之さん(45)は 「業界に入った7年前は、電話してもけんもほろろに断られた。が、今は10人のうち3~4人は会って話ができる」。同社の案件の9割が日本企業間の転職 で、ハンターもこの1年で約5割増やした。
転職に消極的とされた技術者の意識も変わりつつあるという。辻さん自身も東大大学院で船舶工学を専攻し、新日鉄で研究に打ち込んだ技術者。転職で米経営コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーに勤めた経歴からも、「技術が分かる経営者が必要」が持論だ。
〈視点〉成功者はひと握り
ヘッドハンターは、海千山千の世界だ。元金融業界の人もいれば、研究者、ジャーナリスト出身者もいる。大半が自らも転職を経験し、この業 界に引き抜かれた人も少なくない。トップハンターは年収が1億円を超えると聞いたが、「モノになるのは10人のうち1人か2人」という厳しい世界でもあ る。
「引き抜き」などの負の印象もあり、日本ではあまり注目されてこなかった。だが、人材の流動化が組織を活性化させるのは事実だ。ハンターの活躍の場はさらに広がるかもしれない。
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