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ある日本人マネージャからの相談内容
中国オフショア開発プロジェクトの終盤、日本側で品質改善のための対策会議を開きました。そこで問題を分析し、日本側で反省すべき点と中国側で反省すべき点をそれぞれ列挙しました。そして対策会議後、中国オフショア委託先のキーパーソンに「報告された問題の原因を分析して、再発防止策を報告せよ」と依頼しました。ところが、中国からは、
<問2>中国オフショア拠点で、PDCAマネジメントサイクルがうまく回らない根本原因を分析しなさい。
<回答2-1>日本と中国では、社会全体の豊かさが違うからです。国土が狭く、人も資源も少ない日本では、コツコツと地道な改善を積み重ねるしかありません。一方、広大な国土を持ち、人も資源も豊富な中国では、ダメならさっさと見切りをつけて、新しい人や資源を再投入する方がはるかに合理的です。
<回答2-2>日本と中国では職業人としての選択肢の幅が違うからです。日本では、就職は就社を意味します。1度会社に入ると、その後のキャリアは本人の意志よりも会社都合が優先されます。転職という選択肢も乏しいため、日本企業では職場で自由裁量を発揮しにくいと考えられます。
このような制約から、日本人従業員は突飛な発想を持って画期的なイノベーションを実現するよりも、地道にコツコツと改善を繰り返す行動特性が好まれるようになりました。つまり、日本人従業員を縛る強い制約が、PDCAマネジメントサイクルを回す牽引力です。中国ソフトウェア業界には従業員を縛る強い制約が存在しないため、わざわざPDCAを実践するインセンティブに欠けます。
参考記事
* 適性検査で分かった中国人技術者採用の傾向と対策 (@IT情報マネジメント)
<回答2-3>日本は農耕民族であり、中国よりも均質性が高いことからも説明がつきます。日本は狭い国土の僅かな耕作地帯を使って、ムラ全体で手間の掛かる稲作を行いました。日本には、卑弥呼の時代から日和見(ひよりみ)と呼ばれる集落の天気予報係がいました。集落の高倉に登って、稲作の節目となる季節の変わり目を敏感に察知するのが主な役目です。そして、日和見が「明日から米の収穫開始する!」と宣言すれば、集落全体が一丸となって農作業に当たりました。
日和見の指示に疑問を挟む余地はなく、集落の住民は一斉に同じ価値観・同じ作業手順・同じ道具を使って米の収穫に励みました。これが「日和見主義」とも揶揄(やゆ)される日本人の集団心理を形作った原体験です。さらに、この日和見主義が強化されて、日本人の職人はいちいち上役に噛みつくことなどなく、同じ作業を黙々とこなす柔順かつ熱心な態度が醸成されました。
以上から考察される結論。
「中国オフショア拠点でPDCAマネジメントサイクルは回らない」とは間違った主張であり、客観的には「日本のPDCAサイクルが他国と比べて異常に回りすぎ」が正解である(異文化理解の原則2)。
中国で改善活動を定着させる報酬マネジメント
<問3>問2の答えを踏まえて、中国オフショア拠点でPDCAマネジメントサイクルを回して、地道な改善活動を定着させる有効な対策を考案しなさい。
<回答3>中国オフショア拠点で「日本と同じような改善活動」は再現不可能です。
これが議論の出発点です。よって、日本とは違う発想、違う管理手法による中国式改善活動の実践を目指します。具体的には、改善活動に対して支払われる報酬を中国式に示すことが重要です。
表2:改善活動に対して支払われる報酬の違い(日中比較)
日本 中国
報酬が支払われる時期 ずっと後で支払われる その場で支払われる
報酬の支払い方式 組織全体に一律支給 個人差をつけてバラバラに支給
重視する報酬のタイプ 内的報酬を重視 外的報酬を重視
図2:報酬の基本情報マトリクス
金銭報酬 非金銭報酬
外的報酬 ・基本給、福利厚生
・賞与、昇給、報奨金
・年金、退職金 ・職場環境の改善
・メンタルヘルスケア
・社内行事
内的報酬 なし ・良い社風、居心地の良さ
・職場の人間関係
・自由裁量権
・仕事や研修への挑戦機会
・職場環境の改善
出典:『オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】』(幸地司、霜田寛之著、技術評論社)
日本企業の伝統的な改善活動では、その場で個人的な見返りが得られるなんて誰も考えていません。そもそも、改善活動とは、従業員が自発的に取り組む業務外の自己研さんであり、残業代や特別手当の支給なんてもってのほかです。小グループごとに一体感を醸成し、小さな改善成果をコツコツと積み上げる実績自体が、平均的な日本人従業員にとって魅力的な内的報酬でした。
一方、中国オフショア拠点では改善活動に寄与する行動が認められたら、即座に担当者ごとに外的報酬を支払います。外的報酬とは、ご褒美など、主に金銭報酬です。ボスのポケットマネーから支払われることも珍しくありません。
中国オフショア拠点で地道な改善活動を促すには、従業員の小さな行動実績を拾い上げる粒度の細かい管理、個人の貢献度を数値評価するための評価指標と水準、さらに、改善活動が成果に直結することを数値で証明する業績評価・出来高評価の仕組みが必要です。
<問4>あなたの会社では、どんな報酬を与えれば、組織的な改善活動の定着に役立つか。美味しい飴や効果的な報酬を列挙しなさい。
<回答4>報酬分析マトリクス(2×2)を使って、現状の「飴」の種類と割合いを棚卸します。報酬分析マトリクスとは、「外的報酬/内的報酬」と「一律支給/個別支給」の組み合わせによる4領域の分析ツールです。
さらに、第3軸「報酬が支払われる時期=いますぐ/後で」を加えて、2×2×2=8領域の3次元マトリクスを頭に描くと効果的です。
図4:報酬分析マトリクス
一律 個人差
外的報酬 基本給、福利厚生 賞与、昇給、報奨金
内的報酬 職場環境の改善、遠足、メンタルヘルスケア 自由裁量権、仕事や研修への挑戦機会
出典:『トータル・リウォーズの設計と運用』(川上真史氏、2008)を参考にオフショア大學が作成
といった、見当違いの回答が寄せられます。なので、私は慌ててこう付け加えました。
「責任追及するつもりはないので、再発防止策のために問題を分析してほしい」
ところが中国からは、相変わらず対症療法的な回答しか得られません。困った私は、同僚のオフショア経験者に「良い知恵はないか?」と尋ねました。すると、次の助言をもらいました。
「中国では、WHY(なぜ)を何回も自問して、問題の根本原因を探るような改善活動は好まれません」
これが本当なら、中国オフショアチームはいつまでたっても成長を望めないことになりますが、実際にはどうなのでしょうか?
本当に中国人は改善下手なのか?
本稿ではオフショア開発における持続的改善の促進と、優れた企業風土を醸成する方法を解説します。より実践的に話を説明するために、よくある質問とそれに対する答えの形式で展開します。
オフショア開発に焦点を絞った改善活動と人材育成については、拙著「オフショアプロジェクトマネジメント【PM編】」の第3部と第5部で詳しく解説しました。では、実際のケースを見ていきましょう。
<問1>中国オフショア拠点では、問題の根本原因を探って地味に改善する手法は好まれない。すなわち、中国ではPDCAマネジメントサイクルが回らないという。これは本当か?(Y/N)
<回答1>Yes:日本との相対比較においては、まさにそのとおりです。ただし、国民文化の相違に基づく違いは、単なる「違い」です。決して、日本が素晴らしい、中国は悪いという二元論では片付けられません(異文化理解の原則1)。
また、天然資源が豊富で、汗水垂らして働かなくても現金収入が得られるブルネイ国民と比べると、中国人の方が地道に改善する精神を発揮しやすいかもしれません。要するに、国民文化に基づく特徴は、あくまでも2国間の比較によってのみ定義されます(異文化理解の原則2)。
図1:文化の三層構造
図1
出典:『オフショア開発に失敗する方法』(幸地司著、ソフト・リサーチ・センター)
表1:文化の三層構造の詳細説明
暗黙の仮定 常識 社風
・目に見えないもの
・集団で誰もが無意識のうちに共有する一連の仮定
・日本 「和」を大切にする
・中国 「面子」が大事 ・ほとんど変わらない
・環境によって多少の影響を受けることもある
・他人の価値観は変えられない
仕事の考え方 善悪の判断基準 善悪の判断基準
・目に見える価値判断
・仕事上の善悪を判断する ・自分で気付けば変化する
・環境の影響を受ける
・訓練によって仕事の考え方は改善できる
・他人の考え方を強制的に変える事はできない
仕事のやり方 行動規範 管理手法
・組織で定義された規範
・メンバー全員で共有する
・日本では暗黙知として存在することが多い ・強制的に変えられる
・すぐに結果が出る
・人事評価の対象となりやすい
出典:『オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】』(幸地司、霜田寛之著、技術評論社)
●異文化理解の二原則
* 原則1:文化に善悪はない
* 原則2:文化は相対関係である
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