2009-05-28

ベトナム人との違いを受け入れ、先入観に気付こう

:::引用:::
海外人材の強みを認識しよう

 前回はオフショア開発における日本の人材に焦点を当てました。これからは相手国に対して成長目標を課すだけではなく、日本人自身の成長も考えるべきだと主張しました。

 今回は、オフショア開発を受ける国側からの人材像を考えてみたいと思います。

 「パートナー関係で」ですとか、「信頼関係を構築して」と口でいうのは簡単ですが、実際に日本側の利害関係者全員がそのことを心から理解し、行動に現れるようにするのは、簡単なことではありません。まずは、個人として、多様な人々と一対一の関係を築いていくところから始める必要があります。

 初めに筆者の意見を要約すると、日本人の立場から次のことが肝要です。

1. お互いのことを知り、相互の違いを受け入れる

2. 先入観や前提の違いに気付く習慣を身に付ける

 そして、この問題を解決するために、オフショア開発の委託先で働くメンバーはどのような人で、どのようなものに刺激され、どのように会社との関係を希望するのかを考えたいと思います。

 特に、「いま私たちが考える受託国側の人物像」と「彼らが考える人物像」のギャップを認識するところに焦点を当てます。
ベトナム人教育の実際は?

 さて、それでは実際のベトナムやベトナム人技術者たちのケースを紹介していきたいと思います。

 まず、筆者がこれまで聞いてきた中で、日本人から見たベトナムのイメージで多いものは、次の2つです。

 「発展途上国で、まだ社会的インフラが整備されていない国」というネガティブな意見と、「勤勉でまじめ、大学に通えるのは一部の人たちだけだから、大卒中心のIT技術者は超エリートばかり」というポジティブな意見です。
ベトナムのバイクラッシュ。自転車も混じっているのが恐ろしい

 もちろんどちらも間違っているわけではありません。しかし、前者に対しては、確かにまだ発展途上国とはいえ、富裕層や中間層の出現による都市部での購買力の高まりは非常に顕著です。後者の意見に関しては、確かに大学に通えるのは一部の人たちだけですが、大学のレベル自体もまだまだ成長余力があり、人材レベルにばらつきがあります。

 ここで教育についてもう少し述べておきますと、ベトナム国内の組織が中心となって行う教育には、大学教育や専門学校における教育、企業に就職してからの新人教育・企業内教育など、さまざまな階層、種類、切り口で説明できます。

 例えば大学教育では、

* 講義が中心
* 幅広い知識を習得するといわれるものの、実際にはMicrosoft系技術への偏りがある
* 卒業して即戦力になるような教育ではなく、幅広い基礎を学ぶための教育になっている(日本の大学にある程度近いといえます)

 高度な研究が望まれる大学院では予算が多く確保できないために、さまざまな機材をそろえた研究が困難となっています。しかも、研究者としての就職先は限られてしまっているため、大学院に進む人は少数派です。

 また、企業内教育では、新卒社員のために、報告・提案の仕方、ドキュメンテーション、品質管理など、業務に必要なものを教育します。短い企業だと数日、長い企業だと2~3カ月を教育に費やします。このような研修制度は、日本では割と当たり前ですが、ベトナムでも同様の形態をとっている企業が多いです。

 一方の日本が主体となった教育には、ODAによる大学内における「日本向け人材養成クラス」の設置(以前の記事でも少し触れました)、委託先企業に対する通常業務内指導、大学との共同研究室の設置などが実施されています。 次に、モチベーションの源について考えてみたいと思います。

東南アジア各国の都市における電線は、このようにグチャグチャになっている場合がほとんどだ
 私たちは、どのようなものを会社に求めているでしょうか? どのような会社であれば、従業員が働きたいと思うでしょうか?

 あるベトナムのIT企業が、従業員を対象にアンケートを実施したところ、従業員が会社に望むものは、

1. 給料
2. 教育・成長の機会
3. 会社から認められること

の3つだったといいます。

 日本で同じような聞き取りをしたある企業では、

1. 人間関係
2. 安定
3. 会社からの評価

のような項目が多いことからも、日本とベトナムの違いが見て取れます。

 なお、欧米ではどのようなものが求められるかというと、

1. 成長やキャリアアップのための機会
2. 個々の働き方に合っていること

などがあがったといいます。この結果は、多数を対象にした統計ではありませんが、特徴が出ているように思います。

 従業員の定着率が中国・インドより高いとはいえ、ベトナムでも近年徐々に転職率が高まってきています。すると、「育っても転職してしまうので結局教育しても意味がない」という意見が出てくるかもしれません。しかし、筆者はその認識は間違っていると思います。

 「いまの会社で」という意識のあるなしにかかわらず、誰もが将来の高級人材を目指してIT産業に入ってきます。そのような人材が発注相手にいる限り、指導・教育はやめるべきではありません。先入観や前提の違いを認識する習慣をつける

 オフショア開発とは、違う国の会社にシステム開発を発注することをいいます。つまり、他国の人と協業することを意味します。

 「そんなの当たり前じゃないか」と怒られそうですが、私たちが普段の生活で外国人と接するときは先入観を持って考える癖があり、それを意識する必要があります。

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 日本である大学が留学生寮を建てようとしたところ、周囲の住民から苦情があったそうです。「留学生がいると犯罪の危険性が高まる。もし建てるのであれば、建物の周りにフェンスを張り、いつでも出入りが分かるように、常に明るく建物を照らしておいてほしい」と。

 それぞれの国を代表するような頭脳の持ち主である留学生が来る場所だというのに、まるで拘置所のような扱いです。この例は「外国人=犯罪を犯す」という思考です。「そのようなおかしいことがあるのか」と感じられるかもしれませんが、意外と当事者になってしまうと分からないものです。

 逆に、例えば日本語が流暢(りゅうちょう)な在日留学生がいたとして、その人に「私はあなたを日本人と思って接します」という一見思いやりのある言葉をかけたとしても、それはそれぞれの国の固有性を否定する意味にもとられかねません。

 外国人介護士の受け入れ開始に代表されるように、開かれた国になるにつれ、生活の中でも多様な人種と共生していく必要性が高まってきます。日本人としては、個人個人の認識を高め、外国人とのよりよい付き合い方が求められてきます。

 以下の例は、考え方の違いを認識できていなかった例です。

ベトナムのIT企業の様子
 あるベトナム人が来日するということで、成田空港から連れてきたときの話です。彼女にとっては初めての先進国です。ベトナムでは歩行者が道路を横断するのに、信号を使いません。バイクと車の流れにゆっくりと突っ込むことで、向こうが避けてくれます(車はあまり避けませんが……)。

 日本にいたために、そのベトナムの習慣を意識していませんでした。そして、赤信号で私だけが立ち止まりました。しかし、当然日本の習慣を知らない彼女はどんどん歩いて、車が走る道路に向かっていきます。危うく難は逃れましたが、この件は私の認識不足と、「周りの人がみんな立ち止まっている赤信号なので、彼女も立ち止まるだろう。いわなくても分かるだろう」といった私の無意識的な判断があったに違いありません。

 また、「メーリングリストの機能を実装したい」という日本側の要望に対して、ベトナム側では違った機能の見積もり(と実装の開始まで)をしてしまったことがありました。

 なぜなら、日本でのメーリングリストとは「グループ加入者全員が相互にメールを送信しあうもの」という定義が一般的ですが、少なくとも英語ではそのほかに、いわゆるメールマガジンのような意味もあります。そのメールマガジンの機能として、見積もりを提出してしまったのです。しかし、これはどちらかというと言葉の問題であるため、問題の根は浅いといえます。

 こういった表面的な行動に現れる違いは比較的認識しやすいのですが、考え方の違い、先入観などはなかなか気付きにくいものです。

 例えば日本に1度も来たことのない外国人になりきります。または、プログラム内部の知識の少ないテスト専門要員になりきります。次に、ゼロベースでいろいろな疑問を持って読み返してみます。「少し不自然な処理方式だけど、なんでこの仕様になったのだろう?」「例外的なものは見過ごされていないだろうか?」「この仕様の目的は何だろうか?」と。自著『標準テキスト オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】』(技術評論社)でも、コミュニケーションや仕様書の伝達方法について、可能な限り多くのチェックリストを盛り込みました。

 その際の注意点ですが、もちろん話の簡略化のためや、個々の人について場合分けして考えられない場合、それにその国独自の文化や宗教などが大きな影響を与える場合に、大まかなくくりの中で「○○人はこうだ」ということもあります。

 しかし、多くの場合は「(その人の意見では)○○人はこうである(傾向がある)」というくらいに考えた方がよいでしょう。それが事実なのか、意見や推測なのかも判断が必要です。本連載を読む際もまた例外ではありません。

関連書

* 『標準テキスト オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】』(技術評論社)

これからのブリッジSE像

 数千人規模の有名中国IT企業のエース級ブリッジSEであるS氏は、オフショア受託側のブリッジSEの将来像をこのように語ります。

「これからのブリッジSEの定義自体が変わっていくと思っています。いまのブリッジSEの役割は、プロジェクトの橋渡しをし、プロジェクトマネジメントもします。単純な通訳だけではなく、難しい仕事です。ただし、日本で数年間仕事をして、日本語を話せるようになり、そして中国・インド・ベトナムなどの祖国に帰ってオフショア側のチームメンバーとなる人が、これからより増えていきます。そうすると、遠隔地間の言葉の問題は、だんだんと少なくなっていくのではないかと思います。そうなると、そのプロジェクトごとの橋渡しだけではなくて、もっといろいろな役割に拡大していった方がよいと思っています。つまり、プロジェクトにおける橋渡しではなく、日本の会社と中国の会社の橋渡しとして、例えば発注量の調整や発注量を増加していただけるような話し合いをしたり、いろいろな案件の状況や意見を聞き出したりといったことまでする、ということです。また、離れた場所にいるだけでは非常に難しい範囲までを担当し、ビジネス全体の拡大の推進役となる、ということを意味します。もちろん通常の案件ごとのブリッジ業務もできたうえでの話です」(Global Sourcing Review、2009年2月号、オフショア大學刊)

 どこまでも前向きで上昇志向の旺盛な、オフショア側人材の代表的な性格です。

 彼の能力からいくと、彼自身は何でもできるスーパーマン的な立場になれる可能性は十分にあります。また、現在のブリッジSEの業務を、より多くの人にこなせるようになるであろうことが言及されています。

 ベトナムも含め、オフショア受託側の国では、日本向け人材の教育に非常に熱心に取り組んでいます。そのため、高級人材も年月を経るに従って、増加していくことでしょう。

 ただし私は、ベトナム・中国などのオフショア受託国では、10年後も経験の浅い初級プログラマ層が、いまと同様に大量にいると考えています。

 もちろん高級人材は増えていきますが、初級プログラマが学校から輩出されるスピードが何倍も勝っています。であれば、10年後もやはりオフショア側の初級プログラマとの仕事をいかにうまくできるか、という日本側の課題も存在しているでしょう(とはいえ高級人材も育つので、いまとは少し違った形態になる可能性があります)。

 従って、受託側の国と日本の、双方の人材が成長することで、より高いレベルの形態に成長していくことができると考えています。
筆者プロフィール
霜田 寛之(しもだ ひろゆき)
オフショア大學 講師
Global Net One株式会社代表
日立ソフトにおいて、ベトナム最大手ソフト開発企業とのブリッジSEとしてオフショア開発プロジェクトに参画。現地ベトナム人の人間性の体験や優秀なエンジニアたちとの出会いを通してベトナムの可能性と魅力に取りつかれ、Global Net One株式会社を設立。
ベトナム活用のメリット、注意点をより多くの日本企業とシェアしてオフショア開発を成功に導くために、ベトナムに特化したオフショア開発コンサルティングやオフショアベンダ情報の提供と選定支援、ベトナム進出サポートなどを行う。
オフショア大學ではプロジェクトへの影響要因としてのベトナムの地域特性、文化特性について教鞭(きょうべん)を執る。

 ベトナムIT企業総合マッチングサイト:http://outsource2-vietnam.net/
 Global Net One株式会社:http://www.globalnet-1.com/j/
 オフショア大學:http://www.offshoringleaders.com/
■要約■
日本人にとって次の2点が肝要だ。第1に、オフショア受託国の人材の特徴や思考、意見は日本人と違うという点を理解し、受け入れること。2点目は、その違いに対する気付きを習慣化・仕組み化すること。

オフショア先のメンバーは、教育環境、モチベーションの源泉、多様性の面で日本人と大きく異なる。また、表面に表れる違いだけではなく、根底から異なる点も認識し続けることが必要だ。日本のIT産業の規模の頭打ちと対照的に、ベトナムやそのほかのオフショア受託国では規模の成長とともに質の成長を続けるが、日本はその成長を待つのみではなく、相互の成長が必要になってくる。
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これからのブリッジSE像

 ポイントは、「リーダーを育てることができるリーダーを育てる」ことにあると思います。つまり、発注先企業内において、「自律的に良いサイクルを回せるような指導的立場の人を育成する」ということです。時間の経過とともにマネージャが育ち、マネージャがリーダーを育成します。ですが、それを意識して行うかどうかによって達成するスピードと中身が変わってきます。

 オフショア開発者向け会員誌である「Global Sourcing Review」に寄稿してくださっている、芋たこ北京さんは、

「『多面的に継続的に、かつ期待感とともに“機会”を与え続ける』ことが、中国人人材の成長を促すことができる」(2008、Global Sourcing Review 2008年12月号、オフショア大學刊)。

と説明しています。

 また、「小さな出来事でも『自分の能力を高められる機会である』と位置付け、メンバーに認識してもらうとよい」といいます。ここまでできれば、教えられる側も「教育されている」というより、「自然に導かれている」という感覚となってくるのではないでしょうか。ベトナムでも、このようなやり方は同様に有効であるといえるでしょう。

関連リンク

* Global Sourcing Review

ベトナム人材の横顔

 脱線しますが、何人かのベトナム人材にどういった人がいるかを少し紹介してみたいと思います。

●ホアンさんの場合

 ホアンさんはベトナムの一流大学であるハノイ工科大学を卒業し、ベトナムの現地資本企業に就職しました。

 そこでは日本向けの案件が多く、ホアンさんもチームリーダーを任せられるにつれ、日本語を覚えていきました。そして、2005年に日本向け案件を中心とした15名規模の会社を設立しました。日本語専攻はしておらず、日本への留学経験や長期滞在経験がないにもかかわらず、流暢(りゅうちょう)な日本語を話します。

 人望が厚く、技術も分かって日本語も話せることから、日本企業との良好な関係を築けているようです。この会社は.NET系の技術に強く、日本市場を熟知したメンバーをそろえていることから、「これからも強みを生かして会社を大きくしていきたい」との思いを語っています。

●ホアさんの場合

 ホアさんは大学時代をベトナムで過ごした後、日本に渡りました。

 日本の語学学校を卒業した後、日本のIT企業に入社しました。周りの日本人とまったく変わらない仕事を行い、日本人らしいしぐさも見られます。

 現在ホアさんはほかのIT企業内で常駐作業に当たっており、「チャンスがあれば、さまざまな提案ができる。この日本でのチャンスを生かして成功したい。そしていつかは、ベトナムと日本をつなぐビジネスを立ち上げたい」といいます。

 彼の親せきも分野は違うものの、日本と取り引きのある貿易会社を経営しており、その思考の流れは自然なのでしょう。

●アインさんの場合

 もともとは、ベトナムの現地資本の企業でコミュニケータ(IT企業内の通訳)として働いていたアインさんは、現在日本企業内でブリッジSEとしてトレーニングを受けながら働いています。

 コミュニケーションとさまざまな調整、交渉には自信があり、勉強意欲も非常に高い彼女は、IT知識・スキルを早く吸収して、ステップアップすることに熱意を持っています。

 日本企業側の期待も高く、これがうまくいけばモデルケースとして展開したいという思いもあります。彼女は「確かに覚えることが山ほどあるけど、やりがいがあってとても楽しい。早くスキルを覚えて、日越のためにより多くのことをしたい」といいます。

●ベトさんの場合

 ベトさんはベトナムで外語大を卒業し、在ベトナム日系企業で働いた後、個人で日本からの輸入品を売る店を経営したり、日系企業のためのベトナム進出支援など、いくつかのビジネスを手がけてきました。

 いまはまたサラリーマンとしてIT企業に入り、営業寄りのブリッジとして日本に滞在しています。初めて日本に来たとは思えない日本語の流暢(りゅうちょう)さで、ビジネスを仕切る姿は頼もしくもあります。

 彼もまた上昇志向が強く、「数年後には再度何らかの形で自分のビジネスをしたい」といいます。そのため、現在の仕事に対する集中ぶりは、目を見張るものがあります。

 これらの人材が共通している点は、上昇志向が非常に強く、話すときには希望と自信に満ちあふれている様子です。
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