2007-11-08

ポーランド:中欧の雄、頭脳流出と人手不足の悩み

:::引用:::
ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロベニアなど「新しい欧州」の国々がEUに加盟した2004年5月、フランスやドイツなど「古い欧州」のEU拡大論者 たちは、期待感を込めてこうつぶやいた。中欧諸国においてポーランドは、人口3800万人、面積31万平方キロ超を誇り、近隣中欧諸国と比べてずば抜けて 大きく、政治経済でも存在感がある。ところが、2005年12月にレフ・カチンスキー氏が大統領に就任し、翌年7月に双子の兄が首相に就いた頃から、ポーランドは国際社会のなかで独特 の異彩を放ち始めた。まず、双子の兄弟が国家最高権力者ポストに同時に就いたケースは、世界中でポーランドが初めてである。その事実だけでも十分に目立つ のだが、それに加えて、毀誉褒貶相半ばするこの2人の人柄と発言内容が、国内外の利害関係者たちを刺激してきたのだろう。

 国内では、「共産主義の亡霊たちと戦う」「不正の温床であるウクワッド(オリガルヒ化した共産党時代の秘密警察OB、役人及びビジネスマンのネットワー ク)を根絶する」など、「不正撲滅」を公約に掲げ政権を取ったが、行き過ぎた面もあったようである。報道関係者や公務員など、推定70万人に対して、共産 党時代の秘密警察関係者を洗い出し粛清しようとした、との報道が世界中を駆け巡った。実際、今年3月にはこの関係の法律を作ったが、ポーランドの憲法裁判 所から違法との判決を受けている。

 また、対EU外交政策についても、ポーランドの年配の有権者には受ける内容でも、フランスやドイツなどの「古い欧州」の国々ではかんばしい評価を受けて いない。例えば、大統領の兄のカチンスキー首相は、「第2次世界大戦で何百万人という同胞がドイツとの戦いで命を落とさなかったら、現在の人口はもっと多 かったはずだ」という仮定法を用いて、欧州議会におけるポーランドの議決権増大を迫ったという。

 そんな状況の中、今年10月21日の総選挙では大方の予想を覆して中道右派の最大野党「市民プラットフォーム」のトゥスク党首が、カチンスキー首相を倒した。トゥスク氏は、15%のフラットタックス(一律課税、参考記事はこちら)と小さな政府を掲げて、無党派層を動かしたのだ。フラットタックス導入など公約が実現するかはいまだ不明だが、有権者がこれまでの政策にノーを突きつけたのは確かだ。

 今回の総選挙は、中東欧における選挙の常識を覆した点でも注目される。中東欧では民主化以来どの国においても、政治不信や人材流出などの理由で、選挙に おける投票率が極めて低い。このため、保守政党が政権に居座りやすいという傾向があった。ところが、今回の選挙では、1989年の民主化以来、最大の投票 率55%を記録し、特に若者たちの投票率が高かった。しかも西欧などに住むポーランド人の在外投票も殺到したという。

 国籍にかかわらず、人は外国に移住すると、母国に住んでいた時よりも、母国の政治経済により強い関心を持つようになる。恐らく、西側EU加盟国に移住し た若いポーランド人たちは、かの地でEU拡大の本質的な意味を肌で感じ、自分の母国が「異形の国」扱いを受け続ける屈辱に耐え切れなくなったのではないだ ろうか。そんなカタルシスが、今回の選挙結果の本質のように思えてならない。

頭脳流出とスキルのミスマッチ

 現在世界中に住むポーランド人2000万人のうち、欧州には200万人在住と言われるが、このうち医者や看護師、教師など特定のスキルを持った人たちを 中心に推定で80万人が2004年のEU加盟後に流出した。そのうち、50万人超が英国へ流れ、それ以外はアイルランド、スウェーデン、デンマーク、ドイ ツ、イタリアなどへ、より高い給与を求めて移動した。

 問題は、ポーランドで資格を要する仕事を持っていた人たちが、移住先では必ずしも同じ職に就けていない点にある。英国を訪れると、建設現場やホテ ル、レストランなど、至る所にポーランド人を見かける。筆者は試しにロンドンのホテルの受付嬢たちに、ポーランドにいた時の仕事を聞いてみたが、やはり教 員や医師と答えた人たちが多数いた。医者が日雇い労働者になることさえあるという。これではいくらEU加盟国民の権利とはいえ、「出稼ぎ」と揶揄されても仕方がない。しかも、ポーランドの将来にとってはマイナスだろう。ポーランド では、医者や教師などの政治的発言力が弱く、給与レベルが先進国と比べて10分の1程度と低く、その状況が長い間改善されていない。

 ちなみに、ポーランドで発言権が強いのは、伝統的に炭鉱関係などの労働組合である。この結果、医療レベルは低く、また教育レベルも問題ありと言われている。高齢化社会への準備と次世代への投資が、不十分なわけである。

 一方で、こうした出稼ぎポーランド人や古くから海外に移住した“ポーランド僑”たちが、陰で母国の経済復興に貢献している。毎年60億ユーロとも 100億ユーロとも言われるお金が、本国に送金されるという。そうやって「古い欧州」で稼いだ金がポーランドに還流し、不動産などに姿を変えている。

 特に、ワルシャワなどにおける最近の不動産価格の高騰は著しいものがあり、ベルギーやドイツなど西欧諸国と変わらないレベルまで達している。その 背景で積極的な買いに走っているのが、こうした海外に移住したポーランド人だという。他方、ドルやユーロなど主要通貨に対するズロチ高も彼らの送金が支え ている。

経済は好調な中での陰

 2006年度のポーランドへの外国直接投資額は139億ドルで、前年比45%の伸びを記録した。実質GDP(国内総生産)成長率も今年は6.5% と予想されている。EUからの潤沢な補助金もある。かつては20%超だった失業率も、今では11.7%まで下がっている。こうした数字だけ見ると、経済は 好調なのだが、そうした光の陰で、問題が露呈し始めている。

これまでポーランドは低賃金を武器に多国籍企業の生産拠点誘致国として有名になったのだが、この人材流出で、ポーランドに投資をした製造業は人材難 に見舞われている。例えば、ワルシャワから約500キロ離れたブロツワフに工場を置く韓国のLGは、そこからさらに80キロ離れた街で人を採用し、工場労 働者のために毎日朝と晩の通勤シャトルバスを用意したという。

 要するに、人が採用できないのだ。しかも、年末には、ポーランドもシェンゲン協定加盟国となり、ポーランド人にとってEU域内の移動はますます容易になる。そんな状況下で、ポーランドはどういう打ち手を取ったのか。

 隣国ウクライナとベラルーシ、そして大国ロシアに対し、労働法を改定し、3カ月以内なら労働許可証取得不要という規定を導入した。それまでは、労 働許可証の取得は移民たちには困難で、観光ビザで入国し、不法就労するのが実情だったが、もはや保護主義に拘泥する余裕など全くないのだろう。人が取れな ければ、売り手市場になり、賃金は上昇する。すると、外資はさらに安く良質な労働力を求めて、さらに東へ移動してしまう。

 当コラムの「ギリシヤ:『GDPの3割は地下経済』と移民」の 話でも強調したが、移民政策は国の将来を左右する。国家の将来は人にかかっているからだ。新しい欧州の国々も、高度経済成長に浮き足立たずに、攻めの中に も守りの心を持ち、次の打ち手を一つひとつ検証しながら、着実に実行に移していく姿勢が、持続的な成長を続けるには不可欠なのではなかろうか。


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