2008-06-19

中国市場はグローバル市場の縮図

:::引用:::

「北京オリンピック」「食品問題」「世界の工場」──いまの中国から日本人がすぐ思い浮かぶキーワードはこのあたりだろう。中国と「グローバル化」 という言葉がすぐに結びつくことは少ないのではないだろうか。しかし、中国および中国ビジネスを「グローバル化」という考え方でとらえることが、実は日本 企業の海外ビジネスにとって重要な役割を果たすのだ。このコラムでは、中国を通じて見えてくる世界や日本企業が、中国やその他新興市場で抱える課題をいか に克服し、自らの強みを活かしていくかについて、書いていく。

「外」の視点がグローバル化への第1歩

物事全てにおいてそうだが、中国や中国ビジネスを見る際にも「内」と「外」の視点がある。「内」の視点というのは文字通り中国国内の状況を見ていく こと。これに対して「外」の視点とは、世界の変化や日本以外の外国・外国企業との関係性の中で中国や中国ビジネスを鳥瞰して一歩引いた視点で見ていくこと である。具体的には、1)グローバルな社会・産業構造の変化の中での中国の位置づけ、2)中国と他の国々との関係、3)中国に進出している外資系企業との 比較の視点──といった考え方が、「外」の視点である。

中国ビジネスを扱う際に、この「外」の視点で議論されることが実に少ない。「内」の視点については、色々と議論されているのに、である。例えば、代 金回収の難しさ、模倣品、法制度の恣意的運用など、様々な「内」からの問題は様々な場所で取り上げられ、議論されてきた。こうした中国特有の問題のため中 国ビジネスは難しいという声を聞くことも多い。そこで、これらの問題を「中国特有のもの」、「新興国に共通するもの」、また「日本企業自体が持つもの」に 分類して考えてみよう。これが「外」の視点への第1歩だ。

中国で日系企業が抱えるマーケティング、ブランディング・PR、人材戦略などの課題は、「日本企業自体が持つもの」といえる。中国や新興国特有と言 うよりも日本企業が海外市場を開拓する際の本質的な弱みの部分であるからだ。そして、これらはいずれも日本企業が国内においても抱える課題であり、中国以 外の「新興国にも共通した」問題となる可能性がある。

例えば、中国で自社の人材が定着しないなどの問題があるのであれば、それはベトナムでもインドでも発生する可能性があるということだ。なぜなら、こ れらの国々では経済発展に伴い外資系企業が次々に参入、地場企業も成長を続けており、世界中の企業が優秀なホワイトカラー人材や技術者の争奪戦を繰り広げ ている。こうした人材から見ると、自分のキャリアアップを目指すため転職するのは当然で、また世界中の企業が参入しているため、日本企業でなくても転職先 を見つけるのは容易という訳だ。その中で日本企業は自分のキャリアの見通しが見えにくく、日本人駐在員が多いため昇進時に「ガラスの天井」があり、給与水 準もそれほど高くないと言われることが多いようだ。

「外」の視点で見ることで、他の新興国に進出する際に中国と共通の課題や相違点がより明確に見えるようになり、今後の新興国ビジネスにも役立てるこ とができる。今後日本は少子高齢化の時代に入り国内市場が縮小するため、海外市場、特に新興市場の重要性は高まる。日本企業にとって、新興国進出の第一歩 が中国であったと言え、既に2万2650社(2006年末)の日系企業が進出しており、インドの438社(2008年1月)やベトナムの555社 (2006年)とは一線を画している。そのため、日系企業が抱える戦略的な課題と必要な対策は明らかになりつつあり、これに対しては長期的な取り組みが必 要である。

一方、中国または途上国特有の問題に対するノウハウが蓄積されてきており、これらは次に本格進出する新興国での市場開拓や生産拠点設立にも活用でき るはずだ。日本人の駐在もかつての米国、欧州など先進国のローテーションから、今後は成長する新興国を渡り歩くパターンも考えられる。そのため、今後は 「内」からと「外」からの複眼的な視点が必要になるのである。

“多様化する世界”と中国

さて、「外」の視点で中国や新興国を見る上で重要なのは、グローバル化と知識経済化が進む21世紀の世界を、“多様化する世界(ワールド・オブ・ダ イバーシティ)”と捉えることである。これまでの国家という概念だけで図れない、様々な階層や社会が重なり合っているイメージだ。その多様性を大きく、 1)「新興国と先進国」、2)「富裕層と貧困層」、3)「グローバル都市と地方都市」の3つのカテゴリーに分類して考えてみよう。

第1のカテゴリーは、欧米などの「先進国」と、成長著しい中国、ポスト・チャイナとしてのベトナム、インドなどの「新興国」という分類である。

先進国についてはサブプライムローン問題を抱える米国を始め、今後の大幅な経済成長や市場拡大は期待できない傾向にある。これに対して、日本企業にとって重要性を増しているのが新興国でのビジネスで、中国以外の国にもさらに注目していく必要がある。

国際協力銀行が実施している「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査」の中で、中期的(今後3年程度)有望事業展開先について03年度調査と 比較すると、中国は03年度、07年度ともに第1位を維持し、インドは第5位から第2位に、ベトナムも第4位から第3位に上昇した。

さらに、回答企業の得票率で見ると中国が93%から68%に減少する一方、インドが14%から50%に、ベトナムも18%から35%に増加してい る。さらに、長期的(今後10年程度)有望事業展開先では、インドが中国を初めて上回り1位となった。実際、最近日本企業の中国・アジア担当の方や海外戦 略担当の方などにお会いすると、中国事業の戦略についてもASEAN・インドを含めて考える必要が出てきたとのコメントを聞くようになったと感じる。

第2のカテゴリーは、富裕層と貧困層である。

富裕層について米ウォール・ストリートジャーナル紙の記者であるロバート・フランク氏は、米国のニューリッチを取材した結果、富裕層が「リッチスタ ン(Richistan)」というバーチャル国家の住民とも呼ぶべき状況にあり、今後は世界各国の富裕層が自国の文化とは異なる富裕層独自の文化を形成す るようになると述べている。つまり、車・食事・衣服・旅行など消費の傾向も自国内よりも富裕層の間でより似かよる傾向にあるということだ。このような富裕 層の世界で、中国やインドなど新興国の富裕層は今後ますます存在感を増していくであろう。

これに対して貧困層は、地域によっては貧困度合いの偏りがみられる。世界銀行の「世界開発指標(WDI)2007」によると、1日1ドル未満で生活 する最貧困層(2004年に推定9億8500万人)の割合や1日2ドル未満で生活する貧困層(2004年に推定26億人)の割合は低下しているが、合計す ると世界の人口の半分以上が貧困下に置かれている。

また、一部の国や地域では、貧困層は雇用機会に恵まれず、教育の機会も限定的で、健康状態にも問題があるなどの理由から経済成長の恩恵を受けること ができず、その結果格差が広がったとしている。2008年のWDIによると、南米・カリブ諸国、サハラ以南アフリカでは、上位20%の富裕層が占める所得 の割合は下位20%の貧困層の18倍にも上っている。

富裕層の例を見ると、フランスの5大シャトーを始めとする高級ワインに中国やロシアの富裕層が関心を示すという現象はまさに消費傾向の相似を表して いる。アートに関心を示す新興国の富裕層や投資家も増えている。日本の現代アートの作品に台湾人や韓国人が非常に関心を示して、日本で開催されるオーク ションに参加するケースが増えている。中国でも自国の現代アートがバブルと言われるほど投資家などに人気である。

一方、貧困層の例では、世界的な食糧価格の高騰などにより、食糧があっても購入できない層が出てきており、今後の状況を注視する必要がある。ハイチ では、米や豆類など日用食料品の価格高騰が引き金となり国民による暴動が1週間以上続き、首相が解任された。エジプトでは小麦価格が高騰して、貧困層向け に政府が補助金を出していた配給パンが供給不足になり、配給を巡って死者が出るなどの騒ぎとなった。

第3のカテゴリーは、グローバル都市と地方都市である。グローバル化に対応している大都市とそうでない地方都市との格差が、国内はもとより国際間で も生まれている。2006年の中国の地域別GDPを見ると、1位の上海市(20,668元)と最下位の貴州省(1,985元)では約10倍もの所得格差が 出ている。中国の著名な経済学者である清華大学の胡鞍鋼教授は、中国には「四つの世界」が存在していると論じている。

上海・北京などの沿海部大都市、広東省・江蘇省など沿海部、中部、そして貴州省など内陸部を中心とする貧困地域である。こうした地域間の所得格差は中国だけではなく、インドやロシアなど他の新興国でも、そして日本や米国など先進国でも起こっている。

グローバル化が進んだ世界では、都市や地域の発展は世界中から資金・企業・優秀な人材をどう誘致できるかが大きな要素となっている。中国の各地域・ 都市が外国からの投資誘致を競い合っているのは有名な話だ。また、先に話したフォーチュン・グローバル500社の本社がある都市を都市毎の売上で上位10 位までランキング(同率順位を含む)すると、1位は東京で、以下パリ、ニューヨーク、ロンドン、北京、ソウル、トロント、マドリッド、チューリヒ、ヒュー ストン、ミュンヘン、大阪、ローマ、アトランタとなる。1位の東京と10位のアトランタの売上額を比較すると、約8.7倍の差となり、上位都市の間でもこ れだけの差がついているのであるから、上位都市と下位都市の間は推して知るべしだ。

このように「外」の視点で中国を見ていくと、中国ビジネスが今後の日本企業のグローバル化における試金石となっていることがわかる。中国の市場は、既に「グローバル市場の縮図」となっている。

例えば、中国の流通業を見ると、日本のイトーヨーカ堂などはもちろんのこと、ウォールマート(米)、カルフール(仏)、メトロ(独)、パークソン (マレーシア)、ロータス(タイ)など世界各国の企業が中国各地に進出しており、さながらビジネス分野のオリンピック競技場のようだ。そこで販売されてい る商品も、日本で見たことがないような欧米やアジアのものから中国のものまで多岐にわたっている。2006年に日本に進出したスウェーデンの家具製造・販 売大手のイケア(IKEA)は1998年に既に北京に中国第1号店を開いており、現在上海、広州、成都など5店舗を展開している。私自身も2001年頃北 京でイケアの家具を見た時に、これが日本にあったら売れるだろうと感じていた。

また、中国で勝てない企業はグローバルにも勝てなくなっていると言っても過言ではない。フォーチュン誌が選んだ2007年のフォーチュン・グローバ ル500社(Fortune Global 500)のうち、大半の企業が中国に進出しているとみられる。そこでは、米国、欧州、韓国、台湾企業など世界中企業が凌ぎを削っているため競争は熾烈だ。 外資系企業のみならず実力を伸ばしている中国企業との競争もある。ランキング入りしている中国企業の数は2004年の16社から2007年には24社に増 加しており、米国(162社)、日本(67社)、フランス(38社)、ドイツ(37社)、英国(33社)に次ぐ6位となっている。

中国の携帯電話加入者数は5.8億人(2008年4月時点)と世界最大の市場になっている。先のランキングで49位に入る韓国のサムスン電子やフィ ンランドのノキア(119位)は、中国市場で高いシェアを誇り、ブランド認知度も高い。両企業に共通しているのは、自国の携帯電話市場が小さかったがゆえ に、海外市場に販売することを前提にマーケティング戦略をとったことだ。最初から国内市場をベースに考えている日本企業とは異なる。日本は1億2000万 人の人口を抱え、自国市場が比較的大きいが故に海外市場への販売を前提に戦略が立てられることは少ない。しかし、人口減少社会においては、このパラダイム 転換が求められよう。


●●コメント●●

0 件のコメント: