2009-03-24

「非正規切り」の新聞社を批判できぬ労働組合

:::引用:::
 労働組合は日本の矛盾を内包している。「賃上げで景気悪化を阻止しなければならない」。7日、今春闘のヤマ場を前に連合は集会を開いてこのようなアピールを採択した。だが労組は、バブル崩壊以降にコストカットを求める経営側と足並みをそろえ、非正規社員を調整弁にして正社員の既得権益を守ってきた雇用不安の「共犯」だと、一方では批判も浴びている。この矛盾は、雇用に関するニュースを連日扱うマスメディアも例外ではない。

■言行不一致は見破られる

新聞労連の機関紙「新聞労連」

 新聞労働者約2万7000人が加入する産別労働組合・新聞労連。その機関紙「新聞労連」2月1日号が、ある新聞社で起きているアルバイト社員の雇い止め問題を報じている。紙面で「非正規切り」を重大な社会問題として報じていることとの矛盾を団交で問うと、編集局長は「経営と紙面は別」と言い放ったという。

 このような言行不一致は、既に多くの読者に見破られ、マスメディアの信頼を一層低下させている。ネット上には、雇用問題を報じるメディアに対して、「貧困だ、ワーキングプアだと取材している記者が年収1000万円では実感わかないのではないか」といった意見が多数見られる。年収が高いことにフォーカスをあて批判するのは感情的過ぎるが(ジャーナリストが社会的な問題を掘り下げ、人々に価値ある情報を提供できるなら報酬は高くてもよい)、現状では説得力を欠くのも確かだ。

 「社内にある格差に気づかないようでは、弱者の目線に立つなんてできっこない」。格差問題が話題になり始めた頃、友人の新聞記者がこぼしていた。テレビ局や雑誌社の正社員を頂点に制作会社や非正規社員へと降りていくヒエラルキーはよく知られているが、新聞社でも非正規雇用者が働いている。にもかかわらず、壁にはボーナスや賃上げについて書いた組合報が平気で張り出されているという。ボーナスも出ず、雇用が継続されるかどうかも分からない非正規雇用者がすぐそばにいるのに、無神経に張り出された組合ビラこそが、新聞記者の想像力のなさを象徴しているというわけだ。

 アルバイト社員が雇い止めになるという「現場」が生まれたことで、労組は経営者を批判しているが、それまで自身の企業で働く非正規雇用者に目を向けたことがあっただろうか。新聞労連は「同一労働・同一労働条件にたち契約社員の均等待遇や正社員化を目指す」との方針を決め、さらに非正規プロジェクトも設置するという。平和・人権といった活動には熱心だったが、若手の問題や非正規の雇用問題に真正面から取り組んできたとは言えず、付け焼刃の印象はぬぐえない。

■雇用問題に冷淡だった理由

 以前のコラム「雇用問題を的確に扱えないマスメディアの現場主義」では、目の前で起きている「現場」に気をとられ、ブーム的に現象を取り上げてしまい、事象の奥に潜む問題を掘り起こすことができなくなっている問題を指摘したが、労組も似たようなものだ。このブームとリセットのスパイラルが本質的な議論を遠ざけている。

 マスメディアの従業員は中高年の正社員が中心だ。例えば、ワークシェアリングという言葉の使い方を見ると、ある新聞社は製造業の一時帰休を「ワークシェアリング」と表現している。そこにはワークシェアリングの枠にさえ入らなかった非正規雇用の失業者は含まれない。ネットカフェ難民を取材した日本テレビの水島宏明氏は雑誌「ジャーナリスト」への寄稿で、「派遣村に来ているのはまじめに働こうという人なのか」という坂本哲志・総務政務官の発言(後に撤回)と同様の見方がマスメディアにくすぶっていたと指摘している。

 このような視点は、ニート、格差社会、ワーキングプア、女性問題でもにじみ出る(新聞業界の女性記者は2008 年で14.7%しかいない)。多くの場合、これらの問題はマスメディアとは関係なく、誰か(多くは行政や政治家なのだが)が解決すべき社会問題としてアプローチされる。当事者意識のなさと想像力の欠如が、マスメディアの言論を一層空虚なものにしている。

 産業再生機構の元COO冨山和彦氏は、その著書「会社は頭から腐る」で20代後半から30代前半の非正規社員が多い世代、いわゆるロストジェネレーションが生まれた要因を「カイシャという共同体を守るため」と指摘している。いまや正社員も、成果主義、名ばかり管理職といった厳しい波にさらされていることを考えると、その共同体も危ういが、中高年の雇用を維持するために若者を切り捨てたのはマスメディアも同様だ。未来に失望した若手社員が退社し、さらに既得権益の代弁者である中高年正社員の視点が強化されるというスパイラルが起きている。これがネット上でマスメディアの論調が共感を得ない理由の一つにもなっている。

■コスト優先のツケは品質に

 このような問題に対し労組は手を打ってこなかった。その理由は、結局のところ労組であっても一人ひとりは会社員であり、その点において経営陣と利害関係を同じくしていることが挙げられる。いま、マスメディアには「経費削減」の嵐が吹き荒れている。新聞や雑誌の多くは販売部数が減少し、広告収入も急激に落ち込んでいるためだ。「安い契約社員を入れてコストを下げなければ」といった話が正社員から普通に出ることに驚く。それでは「経営と紙面は別」と言い放った編集局長を笑えまい。紙面で批判しているように、そのような安易なコストカットが企業の体力を弱め、商品(新聞)の品質を低下させているのではないのか。

 経済が厳しいなか、人を資産として捉える企業では、正社員化だけでなく多様な働き方への取り組みが始まっている。その一方、連合は非正規社員の支援を運動の柱にしながらも、ベースアップを要求する方針を発表して「非正規切り捨て」「結局正社員のことしか考えていなかったのか」と批判を浴びている。新聞労連も具体的な成果を出せなければ、批判されるだけでなく、業界への信頼も失わせることになるだろう。
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