全国に1811団地・77万戸ある公団住宅の住民の間で、来春に予定される家賃値上げへの反対運動が起きている。首都 圏の地方議会でも値上げ反対の意見書・陳情採択が相次いだ。背景には、公団住宅の住民の高齢化と低所得化があり、ひいては高齢者らの住まいについての社会 的安全網「住宅セーフティーネット」のあり方をめぐる論議がある。(徳光一輝)
「年金は家賃でほとんど消えてしまう。物価も上がり、もう暮らしていけません」
東京都内の公団住宅に住む無職女性(88)はこう訴える。女性は昭和40年代から35年以上、この団地で暮らしてきた。会社員の夫と昨年死別。年金は月額 約11万円なのに対し、3DKの家賃は共益費を含め7万8000円。年金から介護保険が天引きされる上、今春から後期高齢者医療制度も始まった。わずかば かりの蓄えを取り崩す日々という。
「野菜は安い午前中に買ったり、野菜ジュースを何回も分けて飲んだりしている。娘たちはそれぞれの生活があるし、頼れない。引っ越せと言われても、もう体力がない。住み慣れた家から離れたくない」
築30~40年の公団住宅では今、お年寄りの姿が目立つ。大半は年金生活世帯。その多くが「このまま住み続けたい」と望む一方、「より家賃の安い都営や市営住宅に住み替えたい」という世帯も増えている。
しかし、低所得者向けの都営などの公営住宅の供給は頭打ちだ。都営の場合、平成12年度以降の新規建設はゼロだが、応募倍率は11年度の11.3倍から19年度は26.8倍に跳ね上がり、入居は容易ではない。
都内の公団住宅では、家賃を3カ月滞納した結果、公団住宅を管理する独立行政法人「都市再生機構」から立ち退き訴訟を起こされ、裁判所の強制執行で退去させられるケースも出ているという。
都市再生機構は現在、3年に1度の家賃の改定作業を進めている。都内で家賃が上がる場合、値上げ幅は数千円とされる。神奈川県議会は10月、公団住宅の家 賃値上げに反対する意見書を全会一致で可決した。横浜市や千葉県船橋市、埼玉県上尾市など首都圏の10市区でも意見書や住民からの請願・陳情を採択してい る。
国会では昨年6月、高齢者ら住宅困窮者への賃貸住宅の確保を目的とする「住宅セーフティーネット法」が議員立法で成立、翌7月に施行された。公団など公的な賃貸住宅の入居者選考に当たり、高齢者ら社会的弱者に配慮するよう定めている。
都市再生機構は11年からすでに、60歳以上を対象に、公団住宅の一部を比較的安価にしバリアフリー化した「高齢者向け優良賃貸住宅」を整備。現在約2万戸あるが、人気が高く空き部屋待ちが続いている。
しかし、都市再生機構は「小泉構造改革」の中で民営化を迫られ、民活を掲げる首相の諮問機関「規制改革会議」(議長・草刈隆郎日本郵船会長)は7月の「中 間とりまとめ」で、公団住宅について「採算を無視したセーフティーネット住宅の供給を都市再生機構が行うことは慎むべきである」と難色を示した。
都市再生機構の中堅幹部は「小泉改革で独立採算制や民間賃貸住宅に合わせた家賃制度が求められ、一方でセーフティーネットとしての役割も求められる。どこへ軸足を置けばいいのか、ジレンマを抱えている」と明かす。
■公団住宅 独立行政法人「都市再生機構(UR)」が管理する賃貸住宅で正式には「UR賃貸住宅」。高度経済成長時代、急増する住宅需要にあわせて「中堅勤労者」向け に建設された。都営や市営住宅などより家賃が高く、住民も大手企業の社員ら高学歴層が少なくなかったが、現在は高齢化・低所得化が進んでいる。東京23区 の公団住宅の自治会でつくる協議会が9月、34団地の1万2861世帯から回答を得た調査でも、こうした傾向が裏づけられた。
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