2008-12-25

「大失業時代」を逆手に、人手不足の農業に人材流入の動きも

:::引用:::
派遣社員を中心とする非正規社員の失業数は10万人、あるいは30万人にまで膨らむかもしれない――。

 厚生労働省は2008年11月末、「08年10月から09年3月までの6ヵ月間に失業あるいは失業する見通しの非正規労働者が、全国で3万67人に上る」と発表した。ところが、それからたった1ヵ月で、これが“ミニマムの数字”となる可能性が高まっている。

 実際、全労働省組合(厚生労働省や都道府県労働局の労働組合)によると、現状の見通しはそれどころではない深刻さだ。

「現在のリストラは氷山の一角。各労働組合や派遣会社などの関係各所と意見交換をすると、『公表数字の2~3倍、もしくは1ケタ多くなるのでは ないか』という声さえ聞こえる。派遣という雇用形態でなくても、たとえば建設業における“大工の一人親方”などへの影響も大きく、数字に現われない失業者 が増える可能性は高い」(関係者)

 今秋以降の本格的な景気後退を機に、トヨタ自動車を筆頭とする自動車産業で「派遣1万人切り」が発生し、ソニーや日本IBMなどの電機メーカーで も、正社員まで含めたリストラの発表が相次いでいる。製造業を中心とする“未曾有の大リストラ”が始まり、まさに「派遣は雇用の調整弁」と言わんばかりの 企業の対応が鮮明になっているのだ。

 これまで「強い日本企業」の代名詞的な存在だったトヨタにいたっては、前年度に達成した2兆2703億円という過去最高益から一転して、09年3 月期は業績予想を大幅下方修正、1500億円もの営業赤字に転落する見込みだ。大企業の苦境が日本経済に与える悪影響は、計り知れない。

「利益が出ない、売り上げも見込めない」という現状では、工場閉鎖や従業員の解雇は避けようもなく、今後失業者数は増える一方だろう。

 工場労働者ばかりではない。巷では製造現場の「派遣切り」が目立つが、ここに来て「08年末で事務系派遣が打ち切られた」(不動産会社)という声 も聞こえ始めた。今でこそ「事務系派遣で契約打ち切りの大きな動きは見られない」(大手派遣会社)というが、今後は契約が短期化され、雇用調整を容易にし ようとする動きが出てくるだろう。

 それは、厚生労働省のデータからも明らかだ。一般労働者派遣事業における労働者派遣契約の期間は、06年度の統計で3ヵ月未満が81.8%(前年度73・0%)、6ヵ月未満が全体の94・2%(前年度91.0%)を占めており、契約の短期化は確実に進んでいる。

 このような雇用調整の動きは、実は「過去の不況時と比べてもかなり激しいレベル」という見方が強い。たとえば、雇用環境を悪化させる経済事件が相 次いだ1990年代後半と現在とを比べてみよう。非正規社員ばかりでなく、エリート正社員もうかうかしていられないのが現状なのである。

 97年には、山一證券の破綻、消費税の引き上げに加えてアジア通貨危機が発生し、現在と同様に「金融危機の恐怖」が叫ばれた。アジア全体の成長にブレーキがかかった結果、97~98年頃から賃金カットと正社員の採用抑制が本格化したのである。

 株主対策も含め、人件費を変動費に転化させたい企業は、非正規社員の大量採用や正社員への「年俸制」導入などを通じて、人件費の固定費分を削減し続けた。

 だが現在は、当時と比べても状況は厳しい。目下、「期間満了」を口実にクビを切り易い非正規社員に雇用調整のしわ寄せが来ているが、これが正社員に及ぶのは時間の問題で、09年は「雇用動乱期」に入ると見られる。

「前回の金融危機におけるリストラと比べ、今回の金融危機ではリストラがハイスピードかつドライに断行されている」と解説するのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林真一郎・主任研究員。

 2000年前後の就職氷河期はまだマイルドな雇用調整だったが、今回は生産活動の調整速度がオイルショック時を上回る急激なペースとなっているため、雇用調整も急速に進む恐れがあるというのだ。

「97年の金融危機以降、企業はいざというときのために非正規社員を増やし、正社員の賃金も基本給を成果配分にシフトするなどして、人件費を流 動費化して来た。そのため、低賃金や長時間労働を強いられる“名ばかり正社員”の若者が増えてしまった。その“いざ”という時期がまさに訪れている今、企 業は非正規社員ばかりか正社員の固定費削減にまで手をつけ始めた」(小林研究員)

事態は90年代の金融危機より深刻
エリート正社員のクビさえ危ない!

 このようなリストラは、なにも日本企業に限ったことではない。これまで勝ち組と言われ、優秀な人材を吸収して来た外資系金融機関でも、大胆なリストラが行なわれているのだ。

 ある外資系証券出身の中堅男性社員は、「周囲では人件費の高い40歳以上が一斉にレイオフ(解雇)され、転職先が見つからない。97年の金融危機時と違い、今回はどこにも逃げ場がない。外資系社員は今や“負け組”に転落してしまった」と肩を落とす。

 これまで好調に推移していた新卒採用も、再び氷河期に突入した。ある大手電機メーカーの人事担当者は、「技術者だけは新卒を育てたいため、理工系 の学生に狙いを定める。だが、営業や事務は中途採用でいくらでも採用できるため、2010年度は採用枠を減らす」と言う。2000年以降、大卒就職率が 50数%にまで落ち込んだ「超就職氷河期」の悪夢が再来しそうだ。

 そんななか、まだ望みがあるのは、新卒採用を行なう体力がある中小企業。これまで大手に優秀な学生をとられていた複数の中小企業経営者は、「今が優秀な学生を採るチャンス」とばかりに、目を光らせている。

 しかし、そのような企業はごく限られているため、雇用情勢が八方塞がりであることに変わりはない。今後は大失業時代に突入し、「雇用が細々と続くだけでも“マシ”」という状況になるだろう。

 まさに激変の様相を呈している日本の雇用環境。では、このような窮状を打開する有効な雇用創出策は、ないのだろうか?

 目下、政府は緊急対策や予算措置を図っているが、「予算は救援措置となるため、まず無理なリストラを行なう悪質な企業を厳しく監督しなければならない」と全労働は指摘する。

 ただ、世界的な景気減速のなかで、社員のクビを切ろうとしている企業に雇用継続を求めても、現実的ではない。たとえば、工場派遣を行なうある派遣会社関係者の言葉は、労働者の苦境ぶりを浮き彫りにしている。

「特別なスキルを問われない工場労働者が失業しても、一般企業への転職は不可能に近い。年長フリーターと同様に、雇用の受け皿はないも同然」(関係者)

 もはや状況は、「就労支援というよりも失業対策が必要な域に達している」と言えそうだ。

大分キヤノンの失業者を狙え!
就農支援に名乗りを上げる自治体

「完全に八方塞がり」かと思える状況の中で、注目すべき動きもある。実は、失業者が続出するなか、雇用情勢の激変をチャンスと見て、農業分野に雇用対策の動きが出始めているのだ。

 たとえば、大分キヤノンによる1000人規模の「非正規社員切り」が行なわれた大分市では、失業対策を市役所の各課で検討。「人手不足が常態化し ている農業に求職者をつなぐことはできないか」と議論していたところ、JAおおいたや大分市地域本部が協力に名乗りを挙げたという。

 大分市は12月15日、「失業者50~60人のパート社員を確保する」と失業対策を発表。これは、市の相談窓口に来た失業者に情報を提供し、農業 に興味を持った相談者をJAに紹介するという試みである。12月15日から19日の5日間だけで、就農に関する問い合わせが25件あった。相談者の3分の 2が女性で、あるメーカーの孫請け会社から突然解雇された女性は、「時給など選んでいる状況ではない」と駆け込んで来たという。

 大分市では1年を通して野菜が収穫でき、今は大葉や三つ葉の時期。繁忙期の現在、パート社員が確保できれば生産性も高まる。JAおおいたでは、 「大葉などの収穫、出荷は人海戦術でないと作業が間に合わない状態。1生産者で200人のパート社員を雇っていることも珍しくない。相談者のうち10人 は、すでに農家に受け入れられた」(野菜園芸課)としている。

 さらに「今回は緊急対応だが、農業、工業、商業と産業が数あるなか、農業の厳しさとやりがいを知ったうえで興味があれば、選択肢の1つに考えて欲しい」と、出荷作業が落ち着く年明けから説明会などを拡充する計画だ。

 農業法人への就職や、パート社員として高齢農家を手伝う形でスタートする方法もあるため、今後は本格的な就農を促すきっかけ作りになるかもしれない。

 とはいえ、農業への参入はハードルが高いのも事実である。

 実際、日本の農業人口が大きく増加しない背景には、さまざまな問題がある。新規就農希望者によれば、「農業をやりたくても、農業法人では月給20 万円を超えることが少なく、経済的な自立が困難」「農地や農機具を買う資金がない」など、関心があっても途中で挫折するケースが多い。また、農地取得に関しては、農地の転用を避けるため、農地法によって農業委員会からの許可が必要となる。農業委員会とは、地域の農業関係の権限をも つ行政機関で、市町村ごとに設置されている。面接などで農業経験、設備、営農計画が厳しく問われるため、参入障壁は決して低くない。

 農機具を購入するにも、何百万~何千万円単位の資金が必要なため、自治体が無利子融資を促しても、返済のメドが立たずに躊躇する者も少なくないのだ。

 そもそも、農水省内部では「ニートやフリーターも含む失業者たちが、厳しい農業を続けられるのか?」という疑問の声が上がっている。地方の就農支 援者からも、「工場で組み立て作業をするのと農業は違う。田舎での人づきあいを苦痛に感じ、精神的に続かない若者もいる」(関係者)という声が多いため、 取り組みは一筋縄では行かないだろう。

 しかし、それでも就農の機会を増やさなければ、農業人口は増えない。これまでもニートやフリーター状態から脱して、「都会での無機質な生活よりも 田舎で農業をしたほうが人間的な生活ができる」と言う若者も少なくなかったのだ。食の安全に関心が高まるなか、国内農業が見直されている今こそが、就農者 を増やすチャンスかもしれない。

人材派遣会社も就農支援に参入
「農業立国」への契機となるか?

 政府の「08年度第2次農林水産関係補正予算」では、総額1463億円が投じられた。そのうち「農業の将来を担う経営の育成と雇用創出等」に671億円の予算がつき、新規就農支援の体制強化が期待されている。

 たとえば、農業が閑散期となる冬場に就農希望者を募り、春からの本格稼動に向けて準備を進める。それまでの数ヵ月間は、失業給付や補助金を受けな がら農業体験を実施するのも支援策の1つだろう。新規就農者を拡大するためには、農業の指導者となる受け入れ農家の拡充も急務となるから、自治体の取り組 みに対して国が支援する余地はいくらでもありそうだ。

 自治体ばかりでなく、就農支援を行なう民間企業もある。人材派遣大手のパソナグループは、「フリーターを農業へ」を唱えて03年から農業インター ン事業を開始。これまでにのべ120人の若者が半年間にわたる研修に参加した。2年目の04年は700人の応募があり、面接を経て13人が参加した。04 年以降のインターン生の7割が、その後農業関連に進路を決めたという。

 秋田県大潟村では、このようなインターン生の住居確保に協力し、村営住宅を提供。同事業は、青森県、和歌山県、兵庫県に広がりを見せている。パソナグループによれば、「農業インターンについての問い合わせは、ほぼ全都道府県から来ている」という。

 07年からは、これまでのような農業適性を見る事業と並行して、農業の起業家を育てる「パソナチャレンジファーム」も手がけ始めた。

 このように、失業者の雇用創出策として農業支援策までもが浮上する現状は、「時勢の厳しさ」を如実に物語っている。だがその一方、未曾有の大失業 時代は、機械的な単純作業に疲弊した非正規社員や、出世競争に嫌気が指したエリート正社員らにとって、心機一転、大地で作物を創造する喜びを知るきっかけ になるかもしれない。

(労働経済ジャーナリスト 小林美希)


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