2008-10-15

既得権益者がIT活用の革新を阻む

:::引用:::

リアルタイムに料金を変えていく仕組みが今、欧米市場で普及しているそうだ。例えば高速道路の利用料金を時間帯、渋滞状況、さらに車種によって変える。信号無視など危険運転をしたドライバには、翌月から保険料金を変える。家庭では水力発電、原子力発電、風力発電、太陽光発電などを時間ごとに使い分ける。

 こうした仕組み作りを支えているのはITである。これからの社会生活や企業活動に役立つ技術を調べ、効果的なIT活用を考えるのは、ITベンダーの大きな役割なのである。

 それに前向きに取り組んでいる1社が米IBM。IBMにはGTO(グローバル・テクノロジ・アウトルック)と呼ぶ技術予測レポートがある。同社の研究者や技術者ら合計1000人が毎年10カ月かけて、ビジネスを革新する技術を議論し、トップを含めてその活用を検討、実現させていく。

 社外の人を巻き込んで企業や環境、交通・運輸など社会変革につながる課題を洞察するGIO(グローバル・イノベーション・アウトルック)もある。日本IBMで未来価値創造事業を担当する久世和資執行役員はある講演会で、「IBMにおけるイノベーションを創出する仕組み」と説明する。

なぜ日本のIT業界や政府からは生まれないのか

 業界関係者は「IBMは世の中を巻き込んでトレンドを作り、それを実現させることに長けている」という。一方、日本のIT業界や政府からこうした話がとんと聞こえてこない。政府主導によるICタグなどの先端IT活用の実証実験はたくさんあるが、作ったら終わりで実用化されるケースはまれ。バラマキ投資になり、ITベンダーの開発費の補助金と思えることさえある。

 それだから、ITの効果的な活用は進展しないのかもしれない。電子政府は代表例で、申請などのオンラインシステムが完成しても、利用者は増えない。企業も「こうした仕組みにすれば、生産性が大きく向上する」とわかっていても、そこに踏み込もうとしないことがある。

 なぜか。旧態依然のシステムを使い続けながらの改良にとどめ、波風を立てたくないからだろう。その市場で利益を得ている既得権益者による、一種の見えない規制も存在する。自分たちの仕事がなくなる、自社の利益が損なう、と改革を阻む。あるメーカーがシンクライアントを開発した際、パソコン販売に大きく影響するとし、パソコン部隊はシンクライアント事業の強化に大反対という話を聞いたことがある。顧客視点を忘れれば、抵抗勢力になる。

 しかし、ユーザー企業の経営者は革新的なアイデアを求めている。市場でのシェアを高めるために、IT活用で生産性を向上させたいと思っている。問題は、IT業界がそれに応えようとしないこと。ハードやソフトを作って販売する。不足部分はシステム開発という労力を提供することで解決する。このビジネスモデルを崩したくないからに思える。

 実はITベンダーでも、現場の課長クラスが課題解決の名案を持っていることがある。しかし、上司らが「そんな無謀な提案は通らない」「売り上げにつながらない」と一蹴してしまう。日本は技術も持っているし、ITインフラも整備されている。ITベンダーは「いい」と思ったら提案する。そこから日本のIT活用が急転する。未来志向になろうではないか。

  ※本コラムは日経コンピュータ2008年10月1日号「田中克己の眼」を再録したものです。

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