筆者は今夏大連市を業務で訪れた際、旧友で、大連市人民政府信息産業局ソフトウェア処で処長をつとめる董莉氏から、大連市が温める「ブリッジシティ構想」なるものがあるという話を聞いていた。
宴席の中、という状況だったので、酒精も手伝いしばし理解が覚束なかったのだが、同構想は大枠、経済成長の中で、ソフトウェア産業、IT産業基盤の 高度化を目指す大連市が、相対的に低コストである内陸諸都市を巻き込み、これら都市の窓口として、日本を初めとする諸外国から、引き続きオフショア開発案 件を受注していこうというような話だと了解した。
しかしその後、周知の通り、リーマン・ショックに端を発する世界規模の「金融危機」が起こった。
日本国内でも、金融業界をはじめ、騒然たる雰囲気となった。円高が進み、株式市場が暴落。新規のIT設備投資が、大型案件を筆頭に姿を消した。
事態が進むにつれて、筆者の脳裏に、董処長が語った「ブリッジシティ構想」が今どうなっているのかがよぎるようになった。筆者はこのたび機会を得、董処長と語り合うことができた。
語らいは、(1)大連オフショア企業の現状、(2)大連市のソフトウェア産業政策の動向、困難に陥った市内企業に補助金交付等実施するのか、(3)大連市が描く「ブリッジシティ構想」とはそもそも何なのか、を尋ねるところから始まった。
まずは、董莉氏へのインタビュー記録をご紹介しよう。
世界的な金融危機の中、オフショア業務が大幅に減少
――董処長、今日はお忙しい中、ありがとうございます。日本では、いま、新規のIT投資がほぼ払底しています。特に金融系は惨憺た る状況で、来年は大規模案件がほとんど見当たらない有り様です。こうした中で、一時は東京を中心に、猫の手も借りたいぐらいであったソフトウェア技術者が ダブつくようになっています。特に一部では、「(派遣エンジニアでは)外国人お断り」とする企業が出てきていると言います。董処長は大連市ソフトウェア行 政の現場を取り仕切るお立場ですが、現状をどう見ておられますか。また今夏、ご紹介をいただいた「ブリッジシティ構想」は今後も進められるのでしょうか。 その辺から、まずは包括的にお話していただけませんでしょうか。
ブリッジシティ構想は健在です。日本を初めとする海外諸国のソフトウェア業界と中国の間の結節点に立ち、成長する中国市場へのアクセスポイントとし て大連を機能させるとともに、相対的に開発コストの低い内陸諸都市の開発リソースを海外企業に活用してもらう上で、大連がコーディネート役を果たす、水先 案内人として機能しようという発想です。
中国各地にオフショア開発を掲げるハイテク・パークやソフトウェア・パークは数多いですが、結局トップ3は北京、上海、大連です。しかし、北京や上 海はコスト面で大連よりはるかに高いのが現状です。仮にハイエンドの開発系プロジェクトを受注できたとしても、コスト優位性で大連には及びません。
実際、大連は日本のゲートウェイとしての働きを過去10年間してきました。日本は中国を必要としているし、日本のソフトウェア業界は大連でのオフショア開発を必要としています。
確かに2003年以降、とりわけ2005年から2007年にわたり、世界の金融市場が拡大するなかで、金融システムの構築にかかわるアウトソーシン グなど、オフショア業務が非常に増えました。日本からも、野村證券をはじめ、非常に多くのクライアントが大連への発注を増やしました。
こうした需要が、リーマン・ショック後の世界的な金融危機の中で、いま大幅に減ってきていること、明らかに「総量の減少」がみられることは認めます。
金融危機は長期的に大きな成長のチャンス
日本の不景気が継続すればするほど、大連には厳然たるコスト優位性があり、開発リソースをもつ大連の必要性は逆に高まるとみています。病院や銀行のバックヤードシステムの構築などが、今でも大連にアウトソーシングされています。
金融危機、そして現在の世界的な不景気が大連のオフショア企業に与えているダメージは大きいと思います。しかし、目前の困難な状況は、大連市のソフトウェア産業にとっては逆に、「転危為機(危機が転じてチャンスとなる)」と考えています。
ブリッジシティ構想の基本は、北京や上海に比べてコスト優位性を持ち、しかも日本との合作(協力)経験を積んできた大連を、多くの中国地方都市と日本など海外の結節点と位置づけています。
中国製品の対外展開のゲートウェイにも
そこで、海外から優れたパッケージ・ソフトウェアや技術を導入し、海外企業とのアライアンスを組み、中国国内のコスト優位性を発揮し、ローカライ ズ・カスタマイズし、これを大連が持つマネジメント・スキルと遵法意識で統合・整頓し、ともに、成長する中国市場に向かおうという構想です。
もちろんその逆もしかりで、中国企業、中国製品の対外展開のゲートウェイたる事も目指していきます。
国務院発展研究センターの経済アナリストの講演を最近聞きましたが、中国経済は2030年ぐらいまでに米国とGDP(国内総生産)で並び、2050 年までには経済規模で世界一になるとされています。グロスでみればそういうことなるかもしれませんが、中国は民生の真の向上に向け、今後莫大な投資を続け ねばなりません。そこでは、計り知れないIT需要が見込まれます。
海賊版防止へ改善に向けた取り組み
――大連市人民政府のトップから現場の一線の官僚まで、そうした意識を共有されているのでしょうか。だとすれば素晴らしい卓見です し、「骨太の戦略」が大連にあることになりますね。中国市場を目指す場合、特に自社パッケージ製品を保有している場合は、常に模倣品や海賊版のリスクで尻 込みする場合が多かったと思います。この辺を政府主導で変えていこうというわけなのでしょうか。
知的財産権に対する海外企業の危惧についてはよく承知していますし、事態の改善に向けた取り組みを行っています。例えば大連市では、市内の企業に対 して、プライバシーマーク(Pマーク)の取得を奨励しています。取得を目指す企業には奨励金を出すなどして、情報安全意識の普及に努めているのです。つま り、いかにして日本をはじめとする海外の企業に安心感をもってもらえるかということに配慮しています。
「2009年中にも大連ソフトウェア企業の8割が倒産」と予測
――非常に念の入った施策であると思います。ただ日本では、これまで海外オフショアというとほぼ「中国」一辺倒です。中でも「大 連」が圧倒的なパートナーであったわけです。それだけに、失敗事例も「中国」「大連」に集中しています。日本の業界人の中には、海外オフショアは、組み込 み系に強いインドやコスト優位性で勝るベトナムに優位点を見出す人もいます。コミュニケーションで壁がなく、管理費を一定程度圧縮できそうな沖縄や札幌な どもあり、多元化の時代に入ったという認識もあります。またコスト優位性と言っても、知識経済の一部であるソフトウェア産業の場合には、必ずしもコストだ けでは絶対の優位性を築けないのではないか、とも考えられます。その場合、中国国内で言えば、北京や上海のほうが、圧倒的な消費地、市場をバックヤードに 持っています。さらに、高い賃金で最優秀の人材を確保でき、国際ビジネスの要衝たるポジショニングを持つだけに、大連より競争力があるのではないかと思う のですがいかがでしょうか。また、大連は日本企業との提携連携に重点を置きすぎています。中国国内市場への浸透という今後最重要のテーマの前では、北京や 上海に比べてハンディキャップがあるように思うのですが、いかがでしょうか。
確かに、大連市が置かれた状況には、大変な厳しさがあります。これまで、日本企業からオフショア業務を受注する場合、詳細設計が終わってからの、比較的単純な作業、つまりコーディングやテスティングを受注することが多かったといえます。
今後おそらく、2009年中にも、現状600社程度の大連ソフトウェア企業の8割方が倒産すると予測しています。100社残ればいいくらいではないでしょうか。ですが私達は、今回の危機を通じて、大連から「バブル的なプロジェクト」が消えることをむしろ望んでいます。
「厳しい冬を乗り越えた後に、技術力あるオフショア企業残る」
中国経済は今後長期間にわたり、高度化のプロセスをたどることでしょう。大連では、日本からの受注を狙ったローエンドの「オフショア企業」が乱立し てきました。これらの企業は、経営規模も小さく、技術水準も低く、管理能力もない場合が多かったのです。そして、日本企業からの受注をめぐり、果てのない 価格競争を繰り広げてきました。
一例を挙げますと、過去10年間もの間、大連では、プログラマーの人月料金(オフショア企業が発注企業に対して提示する料金)が変わっていません。 増えすぎた受託会社が一定のパイをめぐって価格競争を展開し、限られたリソースを奪い合うという状況が続いてきました。一方、(オフショア企業が自社で雇 用しているプログラマーに対して支払う)賃金は倍増してきたのです。
今回の危機を通じ、こうした受託会社の多くが市場から淘汰されるでしょう。同時に、エンジニアの選別、淘汰も進みます。厳しい冬を乗り越えた後に、 私達の元には、真に技術力のある、研究開発指向のプロジェクトに充分対応可能な企業、マネジメントスキルの高いオフショア企業だけが残ると期待していま す。政府が企業の選別、淘汰をするというのは、なかなかできないことです。それを、今回は「市場」がやってくれることになります。人材の流動性の高さは、 長らくソフトウェア企業を悩ましてきた問題ですが、今年は、きわめて安定していると各社から聞いています。今回の事態は、むしろ「市場」が下しつつある好 ましい淘汰、といえます。
日本の産業界、金融界は、今後もコア競争力をより低コストで実現しようとするはずです。景気回復の後の、そうした要求に応え得る基盤を、いまの時期に作り上げるのが私達の仕事です。
攻めの施策を打っていきます。例えば、来る12月3日に、われわれは東京(新宿)で、「大連(日本)軟件園(ソフトウェアパーク)」の開業式を執り 行います。大連市政府は、これを資金面でバックアップしており、同パークに入居する30数社の大連企業向けに補填金を出す。また、ここでは単にオフショア 案件の受注を目指すわけでなく、技術力のある日本の中小企業に対するM&Aの可能性についても模索していきます。
大連(日本)軟件園を通して、前述の「ブリッジシティ構想」でも触れたように、中国市場を目指す日本企業のため、製品やサービスのローカライズやカスタマイズを支援していきたいと思っています。
研究開発指向の有望企業に、オフィス費用の補填、減税も
――大連市としての、国際的なITビジネスにおけるポジショニングをどうするか、という事ですね。中国市場を目指す日本企業、もしくは日本市場を目指す中国企業の結節点に立とうということですね。
そういうことです。北京や上海、深センは、R&Dには向きません。セールスオフィスを置けばよいのです。大連には過去10年間蓄積してきた経験があり、日本企業との間の信頼感も強いです。
――カギは、どうやって、この「厳冬」の時期を乗り越えるか、また、企業が人材をつなぎとめておけるか、ということのように思います。そういう点で、大連市政府はなにか具体的な施策を持っているのですか?
これまで話してきた計画がうまくいくかどうかの前提が、まさに此処にあります。今後の施策はあくまで、研究開発指向の有望企業、ハイエンドのエンジ ニアに対する支援、ということです。研究開発指向の有望企業に対しては、オフィス費用の補填、減税をおこなう予定ですし、国内外で有力企業の買収をおこな う場合にも、状況次第で資金補助を実施していきます。エンジニアが海外に出て、技術を学んだり、資格を取ったりしようという際にも、数万元単位で補助金を 出しますし、逆に、外部からエンジニアを招聘する場合にも、大連での生活補助として一時金を出しています。
●●コメント●●
0 件のコメント:
コメントを投稿