◇1日15時間、休日なしでも「仕事楽しい」
台北市の仲介業者の紹介で、台湾の高速交通システムMRTに乗り、観光地「淡水」近くの新興住宅街にある張明賢さん(72)のマンションに向かっ た。しゃれたリビングセットのある部屋で張さんと話していると、仲介業者が派遣したインドネシア語通訳の陳剣実さん(33)がやってきた。
張さん一家は母親、爾阿珠さん(92)と妻(66)の3人暮らし。張さんは9月から働き始めたインドネシア人の介護労働者スリ・インダルティさん(36)の中国語のレベルに不満を持っており、仕事を理解してもらうため、通訳をしばしば呼んでいた。この日で3回目だ。
「何カ月働いているの」。陳さんが来る前、スリさんに中国語で聞くと、しばらく沈黙したあと「2カ月」と英語で答えが返ってきた。かつて2年間働 いたシンガポールで覚えた英語は出てきても、インドネシアで4カ月間、研修を受けたという中国語は出てこない。しかし、陳さんがインドネシア語で話しかけ た途端、スリさんは表情も豊かによどみなく話し続けた。「中国語は難しいけど、仕事は楽しい。中華料理を作って、奥さんにほめられるとうれしい」
張さんが台湾住民でなく外国人を雇うのは、賃金が半分程度ですむことが大きいが、台湾住民の場合は「介護」しかしてくれないという問題もある。外国人の介護労働者は、住み込みで介護も掃除も料理もこなし、休みも取らない。
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台湾では低・中所得層でも住み込みの外国人労働者を雇うことができる。家族介護の慣習が残ってはいるが、介護する家族の高齢化などで需要は増して いる。台湾当局は台湾住民の訪問介護サービスを充実させて外国人の介護労働者への依存度を減らそうとしているが、思うようにはいっていない。
スリさんが寝起きするのはリビングわきにある10畳ぐらいの洋間。5年前からほぼ寝たきりの張さんの母親のベッドの横に自分のベッドを置いている。起床は6時。張さんたちの朝食を用意したあと、洗面や食事の介助を済まし、掃除や洗濯、昼ごはんの用意と仕事は続く。
スリさんが一番気になるのは排せつがうまくいかないときだ。しばしばあるようで「かわいそう。心配です」と顔を曇らせる。午後は入浴介助。冬は風 邪をひかないよう早い時間に入浴をすませる。スリさんに休日はない。たまに近くの市場に野菜を買いに行くのが息抜きだ。夜9時過ぎにすべての用事をすませ たあとは部屋で台湾の雑誌をながめたりして過ごす。夜中に起こされることはほとんどない。
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台湾では、雇用主やケアする高齢者の状態によって、在宅外国人介護労働者の負担感はかなり異なる。政府の規定では施設に比べ在宅の外国人労働者の 賃金のほうが低く、しかも在宅は労働基準法の適用外だが、必ずしも施設介護に外国人労働者の希望が殺到しているわけではないという。施設は夜間30人の高 齢者を1人でみたり、仕事が次々とあり、台湾住民にとっても労働条件はよくないとされる。
台湾住民の介護労働者の報酬は大卒初任給並みだが、サラリーマン全体の平均給与からすると高くない。日本は外国人による在宅介護は想定していない。
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スリさんとの間にほとんど会話はないが、張さんの母親は安心して身体を委ねているようだ。スリさんには子どもが2人おり、世話をするのにたけた既婚者のインドネシア人を仲介業者に頼んだ張さんも、その点に不満はない。
帰り際、日本語ができるという母親に声をかけてみた。耳が遠いせいか、大きな声で話しかけてもほとんど聞き取れないようだが、何か言ったあと顔の 前で手を合わせた。スリさんは「ありがとうと言っているの」と解説したが、母親はベッドに横たわったままお経を唱え始めた。【有田浩子】
◇低所得層、外国人労働者に依存
台湾には日本のような介護保険はないが、90年代後半から、離農者や中高年女性を対象に訪問介護サービスを行う人材養成を始めた。03~07年の 5年間に約4万人を養成したが、実際に介護職に就いたのは1割の4000人。04年には介護職の地位向上のため国家資格を創設。07年には介護の10年計 画も策定した。
受け入れを始めたのは92年。当初、受け入れ賛成は2割未満だった。しかし高齢化の進展に伴い外国人労働者は増え続け、現在は16万4000人。 うちインドネシア人は最も多く10万人を超え、6割を占める。台湾政府は失業率増加などを受け台湾住民の人材養成を進め、外国人の数を減らす方針をたびた び出してきた。今年10月にも、1割前後(3万5000~5万人)を減らす方針を出した。しかし、高齢者団体や身障者団体は「中・低収入者は安い賃金で働 いてくれる外国人労働者にすでに長く依存している」などと猛反発している。
毎日新聞 2008年12月17日 東京朝刊
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