2008-12-15

チャイナプライス 「中国の問題は、中国だけの問題ではない」 筆者 アレクサンドラ・ハーニーさんに聞く

:::引用:::
高騰する人件費、禁止有害物質の混入発覚、成長率の鈍化――。今、中国「世界の工場」には、様々な逆風が吹きつけている。

 その様を、広大な国土の隅々にまで出かけ、2年にわたり丹念な取材を続けてきたのが、今連載の筆者であるアレクサンドラ・ハーニーさんだ。

 筆者の取材は今春『The China Price』として世界各国で発売され、この12月に邦訳版も発売されることになった。ハーニーさんはなぜ、世界の工場に興味を持ったのか。連載の締めくくりとして、筆者にその理由を聞いた。

(聞き手は日経ビジネス オンライン 真弓 重孝)

(最終ページに、ハーニーさんからの音声メッセージがあります。こちらも、お聞きください)


(写真:菅野 勝男、以下同)

 ―― ハーニーさんが、中国に関わりを持ったきっかけは。

 アレクサンドラ・ハーニー 確か1999年か、2000年だったと思います、英国のFT(フィナンシャル・タイムズ)の記者時代に、広東省の広州にあるホンダの工場を取材する機会がありました。

 現地に行って、様々な衝撃を受けました。中国人もホンダと同じような工場を持っていたのです。日本はモノ作りで世界の先頭を走っていると思っていたのですが、その日本と同じような工場を中国人が経営していたことは、私にとってとてもショックでした。

 私は日本に興味があって、高校時代に日本語を習い、高校3年の時に初めて、日本に来ました。大学に入る前には、名古屋市の隣の尾張旭市に2カ月近く滞在しました。私が日本に興味を持ったのは、日本の製造業、モノ作りに魅力を感じたからです。

 ですから、FTに入社して東京支局に配属されて製造業の担当になったのは、私にとってはとてもラッキーでした。中国のホンダの工場に行ったのも、FTで日本の製造業を担当していた関係です。

 そのホンダの中国工場を見てから、これからはモノ作りでは日本よりも中国なのかもしれない、と思うようになりました。ホンダの工場を見た後、日本に戻ってからある財閥系の大手電機メーカーの人と話をする機会があり、その人が中国語を勉強していると教えてくれました。

 私が「なぜですか」と尋ねたら、「中国はこれから経済大国になるから」と言うのです。そう聞いて、私もこれからは中国語を勉強しないといけないと思い、中国に行こうと決めたのです。

 ―― それで実際に中国に行った。

 ハーニー FTでいったん東京支局からロンドンに赴任し、2003年にロンドンから香港支局に赴任しました。そして、確か2003年、2004年に、ホンダの工場のある広州に行きました。その時は自動車ではなく、セーターを作っている工場に行きました。

 すると、何百人もの女の子が座ってセーターを作る光景を目にしました。それを見て、彼女たちと話したくて、話したくて、たまらなくなりました。

 そしてある1人の娘に声を掛けたら、彼女の話にとても興味を引かれました。珠海からものすごく遠い田舎から2年前にやって来た娘で、寮では10人を超える娘たちと一緒の部屋に住んでいると教えてくれました。

 彼女は毎日朝から晩まで働き、収入のほとんどを田舎に送っている。それを聞いて、彼女が彼女の家族にとって、非常に大きな役割を果たしているのだ と感じました。同時に、彼女は世界中の消費者にとっても、大きな存在なのだと。安い製品が世界中に供給されているのは、彼女みたいな娘がたくさんいるから なのだと思ったのです。

 私はもともと、物事よりも人に興味を持つタイプの記者です。中国には、大きな工場があり、ものすごい数の人が、同じところで働いている場所があり ます。それ自体も興味を引かれることですが、彼女のようなそこで働く人たちの方が私には魅力的で、そういう人たちともっと話をしたいと感じたのです。

 最初は興味の対象は、工場で働く人たちだったのですが、次第に彼女たちのボスとか、海外から来ているバイヤー、中国本土で活動するNGO(非政府組織)の人々などの話も、ぜひ書きたいという思いが強くなっていったのです。

 ―― 確かに出版された書籍には、工場で病気になってしまった人や、米ウォルマート・ストアーズと取引のある工場の中国人経営者や、工場の労働者と様々な立場の人が登場していますね。

 ハーニー 四川省に生まれて、優秀な学生だったのだけれども、高校3年生の時に母親が病気になってしまったために、生活費を稼ぐため広東省まで出て来た人がいました。彼は、働き始めて2週間後に、機械に手を挟まれ、手を失ってしまった。

 機械に問題があったらしいのです。それで彼が会社に訴訟を起こそうと思った時に気づいたのは、自分と同じような人がたくさんいる、ということでし た。手当てのために病院に行って、周りをみたら、そうした現実をしったのです。彼はNGOを作り、そして弁護士になる決心をしたのです。

 なぜ彼の話を取り上げようとしたのかというと、彼みたいに法律が分かる若い労働者が増えてきていて、そういう人々が中国の工場の経営にも影響を与え、そのことがチャイナプライスにも反映され始める、と感じたからです。

 ―― 本を書いた大きな動機には、彼のように労働者の権利を守るために闘う人たちを紹介することがある?

 ハーニー 最初はそういう気持ちも強かったです。しかし、最後の方は最初に少し触れましたが、チャイナプライスを実現するために中国で起きていることは中国以外の国にも関係しているのだ、ということを世界の人々に伝えたいという気持ちが大きくなってきました。

 皆さんご存じのように、中国の工場には、日本や米国など海外の企業が製造を委託しています。海外の企業が中国で製品を作ってもらう際には、言うま でもなく中国の法律、ルールに従わなくてはなりません。しかし、中国の工場が海外企業の求める価格で納入するには、法律やルールに従っていたらできない、 という事実も一方であるのです。

 書籍で紹介しているウォルマートが監査に出かけた中国の工場が、の監査を逃れるための裏工場を持っているのも、また表向きの工場でもマネジャーが 工夫してタイムカードを偽造しているのも、厳しい競争の中で、ウォルマートの求める納入価格を満たすために行われている面があります。

 彼らが監査逃れやいわゆる不適切な行為をしているのは、中国人ではない私たちにも関係していることなのだ、ということを理解してもらいたいと感じたのです。

 ―― 世界の消費者がそれを理解することで、中国のモノ作りの状況はどう変わるのでしょうか。


 ハーニー 難しいですね。今、私が米国や英国に行って話をしたら、「我々は安いものを買う権利がある」と言う消費者はいるでしょう。その一方で、これまで米ナイキなど海外の非常に安い労賃で働く労働者を使っている企業に対して批判もされてきました。

 ナイキは1990年代に批判を受け、それから10年以上がたっています。批判を受けて、彼らは多くの資金や労力を投入したと思います。しかし、そ うした努力にもかかわらず、状況は全く改善されていません。それは、世界の企業が安値を求め、消費者も安い製品を欲し続けているから。

 それが続く限り、中国の製造コストが高くなれば、中国からベトナム、インドとモノ作りの場が移っていくだけです。かつて米国、そして日本、さらに台湾、中国へと移っていったのと同じように。

 経営者としては、コストを抑えるための当然の決断かもしれません。しかし、長期的な戦略という視点から、安価な生産地を探し続ける行動が機能し続けるのか、考えてみる必要はあるでしょう。

 お客である消費者も、環境問題などを代表に、企業の行動自体に関心が少しずつ高まってきています。もちろん多くの消費者にとって第一の関心事は、 目にする価格や品質であって、手にした商品を生産した国の工場や工場労働者がどういう状況にあるのかを気にとめる人はあまり多くないでしょう。また気にと めたとして、消費者として具体的に何ができるか、迷うことが多いでしょう。

 ただ言えることは、中国でモノを作るという経営判断は、その判断をした経営者や、受託製造する中国の会社だけでの問題として完結するものではな く、それ以外の人の関心の対象になり得ること。中国で製造する企業も、製造を受託する中国企業もこうした状況を踏まえたうえで、経営戦略を構築していかな くてはならないのでしょう。

 ―― グローバル経済の進展で、企業も消費者も以前に増して世界を意識した行動が求められているのかもしれませんが、一方で世界は多極化の方向で も動いています。世界は1つの基準で縛られず、多様な考え方がある。書籍の中で取り上げた監査を逃れるための裏工場を持つウォルマートの製造委託先の話 で、裏工場で働く女工さんが稼ぐために法定の労働時間を超えてでも働きたいというエピソードを紹介しています。

 ハーニー 彼女の話を聞いて複雑な思いを持ちました。

 ―― 彼女は経営者に無理矢理、長時間労働をさせられているのではなく、自分の意思で長時間労働したいと考えているとすると、先進国の基準で監査したり、考えを押しつけていいのだろうか、という思いも出てこないでしょうか。

 ハーニー 違法なのか、不適切なのかは、先進国の規則に基づくものではなく、中国の法律に拠るものなのです。善し悪しの判断は、「あなたの国の法律を守っていますか」というものになります。

 中国の法律は、これまで整備され、法定の労働時間も先進国と同等のレベルに規制されています。ただ、この法定労働時間を誰も守ってない。ではなぜ、そうした法律があるのか。

 これを話すと、長くなるのですが、私がこの本を書く前には、中国が「チャイナプライス」で製品を作ることができるのは、中国の工場が法律を守る努力をしないからだと思っていました。

 実はそうではないのです。中国の人件費は確かに安いかもしれませんが、といっても工場を経営するうえでは、それなりのコストが掛かっています。そ れでも、なぜ安いのかという答えの1つには、海外の企業が中国に来て、「もうちょっと安くしてくれ」「もうちょっと安く作ってくれ」と要請している面があ る。だから中国のほとんどの工場は、利益が出ていない。こうした側面を見て、何か納得できなかったんですね。

 その海外の企業が「安くしろ」と中国の工場に掛けているプレッシャーは、どこからきているのかというと、1つは海外企業の株主です。例えばウォールストリートにいる株主です。日本の企業にも利益率を上げよという株主の圧力はあるでしょう。

 株主のそうした要求を満たすためには、例えば米国や日本ではとてもそのコストでは作れないからと、中国に行っている面があります。こうしたことを考えると、中国の労働者の話は、米国や日本の労働者にとっても無縁ではありません。

 米国や日本の労働者の立場から見れば、工場が中国に行ってしまうのは、中国では自分たちの国の工場では競争できないような安い価格で作っているか ら。中国でその価格で作れるのは、中国の工場が環境に配慮していなかったり、社会保険を払っていなかったりという部分があります。同じものを作るうえで、 米国や日本の労働者は不公平な状況に置かれているとも言えます。

 こうした事情を何が正しいとか、悪いとか、簡単に言い切れない面はあります。何がすべての人にとって受け入れられることなのか、を見つけていくうえで、中国が「チャイナプライス」を実現している背景を世界中の人が考えてもらえたらと思うのです。

 私が10代の時、暮らしていた米国では、ナイキなど海外でモノを作っている企業への批判がありました。その時にいろいろなことを考えました。私がモノ作りに興味を持ち、それが日本への関心を高め、そして今、中国について取材する原点になりました。

 ―― 実際に取材してみて中国という国もしくは国民については、どのような印象を持ちましたか。

 ハーニー 私が新聞記者の時、中国政府もしくは中国の人というのは、自分たちと全く違う存在と思っていました。しかし、中に入って人と話すと、全く私たちと同じなのです。

 彼らは、私たちと同じような希望や夢を持っている。以前は中国をどこか怖く思っていました。米国や日本に住んでいた時には、中国人は我々の仕事を盗んでいるとか、何かしらの不満も感じていました。

 しかし、中国に行って、人々と話をすると、個人個人は私たちと似たような人がたくさんいる。そして中国の人たちはとても勤勉だ、と思いました。

 私たちと同じと思う一方で、中国にはいろいろな中国があるとも思いました。中国に行く前に、日本に住んでいた時に、日本から見た中国というのは、1つの中国になってしまいますが、本当はいろいろな中国があります。上海の中国、北京の中国、田舎の中国、そして工場の中の中国。場所によって違います。田舎の中国ってものすごく貧乏で、生活者は貧困の中でものすご く頑張っている。しかし、貧しさをしのぐため、都会に出稼ぎに出る人が多いので、住んでいる人は、老人と子供ばかりです。お父さんやお母さんたちは田舎に 家族を残して工場に出稼ぎに行っています。そのお父さんやお母さんが作ったものを、私たち米国人や日本人が使っている。

 田舎はものすごく面白いところです。ですから皆さんが中国に出かけることがあったら、田舎まで足を延ばして、そこに住んでいる普通の人と通訳を通 してでも、ぜひ、話をしてほしいのです。「毎日の生活はどうですか」と。都会の会社にいる人だけと話をしても、それは中国の一部ですし、北京オリンピック を見られたかもしれませんが、それも中国の一部です。

 ―― 中国にもいろいろあるということで言えば、上海で再開発されたスポットでは、20代から30代前半の若者が英語を自由に操りながら1杯 1000円と、ほとんど日本と変わらないような値段のワインを飲んでいる。その一方で、田舎では家族を養うために10代の若者が進学をあきらめ、都会に出 稼ぎに出るといった格差問題があります。

 ハーニー その格差がこれからというか今、政治的な問題になっていますよね。中国は貯金率がすごく高い。なぜかというと、社会保険、年金制度が十分に整備されていないため。だから将来のためにお金を使わない。中国の貯蓄率が高いのも、チャイナプライスと関係あります。

 格差問題とともに環境問題も、今というかこれから大きな問題です。先日、米国の企業と受託製造契約を結んでいる工場を訪ねたのですが、その工場の隣りにある川が真っ黒なのです。真っ黒な川を見たことありますか。

 私はそうした川を中国で、何度も見ました。大気汚染が激しく悪臭で我慢できない町も北部にありました。歩いていると、目や耳の中に黒い小さなものが入るのです。くしゃみをすると真っ黒なものが出てくる。これもチャイナプライスと関係あります。

 ―― そうした状況を改善するために、我々は何ができるのでしょうか。

 ハーニー あなたの好きなブランドでも、お気に入りの製品を発売している企業に、中国での委託製造の状況や、委託製造先について質問することで しょう。中国の委託製造先の環境対策、労働政策や状況について透明性を高める動きをする。恐らく、委託状況や委託先については、ほとんど正直には話さない でしょう。

 「それならば何も分からないではなないか」と思うかもしれませんが、「どうやら何もしていないようだ」ということは理解できるでしょう。しかし、それは質問しなければ分かりません。

 質問する前に、まずは一番好きなブランドでも、会社でもどこでも構いませんが、ウェブサイトを見て情報がないかチェックし、勇気があれば電話してみてください。

 まずそこから始めないと。日本では今年、中国製ギョーザが問題になりました。こうした問題が起きた時に影響を受けるのは、株主や企業経営者、そして消費者です。

 そして消費者として考える時に、自分たちは被害者だけなのか。消費者である我々に何か責任はないのか考えてみることが大切だと思います。政府や企業の対応を待っているだけでは、物事は変わらないと思うのです。


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