2008-12-16

中国は悪条件の中2020年に 食糧自給率95%を維持できるのか

:::引用:::
2008年7月2日に中国の国務院常務会議は、国家食料安全中長期計画を決めた。その骨子は、2007年に1億2170万ヘクタールだった耕地面積 のほとんどを保全し続け、1億2000万ヘクタールを維持するというものだ。その実現のために、用水路などのインフラ整備、農業技術の革新、農業経営体制 の刷新、農家収入の増加などを実施するとともに、食料流通の改革や食料備蓄の整備などを重点施策として挙げている。

 その結果、2007年の食糧生産量は4年連続の増産で5億150万トンであったが、これを2020年までに2007年比7.7%増の5億4000 万トンに引き上げるとしている。2020年の食糧自給率は現状とほぼ同じ水準の95%とする、という。ちなみに、中国の食糧自給率とは穀類、豆類、芋類と いった主食類の自給率で日本や韓国で使っているカロリーベースでの食料全体の自給率とは異なる。

 中国のこの計画に対し筆者は非常に危機感を抱いている。もし中国の食糧自給率計画に狂いが生じれば、中国政府は世界から穀類の買い付けを始めることになる。一方で世界の食糧備蓄量は減少傾向にあり、一気に世界的な食料危機に発展しかねないからだ。

 今回は、中国政府が提示した楽観的な食糧自給率の維持に関する筆者の見方を紹介する。

穀物相場が急落したのは需給関係が緩んだからではない

 中国の食糧自給率に関する論争は14年前の1994年から盛んになった。米国のレスター・ブラウン氏(現アースポリシー研究所長)が『中国を誰が 養うのか(Who will feed China?)』という論文を発表してからだ。論文の内容は、中国は世界全体の耕地面積のわずか7%に世界人口の20%が住んでおり、不足分を輸入に頼る としたら世界の需給は大混乱に陥るという論旨であった。

 この論文に対し楽観論もあったが、そのときはまだ世界的に食料が余剰のときだった。第二次世界大戦の後、半世紀以上にわたり、一部の国や気候変動 による影響を除けば、世界全体の食料は過剰気味であった。先進国が大生産国で大輸出国なので過剰ゆえに毎年の食糧備蓄量はある水準以上に保たれていた。日 本国内では食料危機に関する警告を発する農林水産省も、当時の中国の食料危機説に対して極めて楽観論を出したことに筆者は驚いた記憶がある。

 現在でも食料危機に対する楽観論が台頭してきている。約一年前から高騰していた穀物(とうもろこし、大豆、小麦など)の相場も2008年7月から反落に転じ、再び安値圏に入った。これによって食料危機が遠のいたという説がある。

 しかし、食料価格が高騰していたのはアメリカが中東依存の石油の輸入の大半を2025年までに穀物を原料とするバイオエタノールなどに切り替える との政策を発表したことがきっかけだ。それまでの余剰資金が穀物市場に投入され上げに転じたわけだ。むしろ、食料価格が安くなると、農家の収入が減少する ため食料の増産が期待できない悪循環に陥ることが問題だ。

 つまり、本来の食料危機の原因が解決されたわけではない。米国は最大の食糧備蓄国で、生産量の20%程度あった備蓄量が最近は急激に下がっている。

中国の食料輸出入は2004年から輸入超過に陥っている

 今年7月4日のロイターの報道によると、中国の国家糧食局の局長が2008年の穀物生産見通しは前年比減産の5億トンとし、予想消費量5億 1800万トンを下回るということを明らかにした。国家改革発展委員会は前年比増産の5億2500万トンと発表しているが、綿、油糧作物、砂糖などの生産 が増えるだけで穀類は増えないという予想だ。

 結局、不足分は国家備蓄で補うことになる。温家宝首相は今年3月に穀物備蓄量は1億5000~2億トンもあると発表した。これに対し香港メデイア は備蓄水準が極めて高く、国内価格を調整できる水準であることは事実であるが、備蓄の数量は疑問だとしている。米国農務省の統計では世界の穀物備蓄は3億 トンとなっており、その大半が中国の備蓄であるとは信じられないからだ。香港紙のSouth China Morning Postは地方政府の備蓄は実際にはゼロであるにもかかわらず、中央政府からの補助金を確保するために数量を水増しして報告しているという実態を報じてい る。

 中国は建国以来食料を総て国内生産で賄うとしてきたが、実際には2004年から純輸入国になったと思われる。中国農業部の統計によると、2007 年の農産品輸入総額は、大豆が115億米ドルなど総額は410億米ドルに達している。また、中国社会科学院の統計によると、ネット輸入量(輸入マイナス輸 出)については、2004年が2480万トン、05年2200万トン、06年2540万トンとなっている。

 例えば植物油脂は需要増大に生産が追いつかずブラジルからの大豆の輸入が急増している。現時点では小麦の輸入は減少傾向、米は需要低迷で輸出増、 飼料用とうもろこしは鶏肉を中心とする大規模養鶏の拡大によって輸出余力は無い。養鶏のほかに牧畜(乳牛、肉牛)の大規模経営が拡大しつつあり、早晩、飼 料用とうもろこしの不足が問題となるであろう。

 今まではこれらに豚をふくめた家畜は各農家で小規模に飼育しているところが大半。これらは残飯などによって飼育されていたので飼料の不足は起きな かった。一方、養鶏、牧畜の大規模経営と共に養豚も外資による大規模経営が進んでいる。香港紙によるとゴールドマン・サックスは湖南省と福建省で養豚業者 10社以上を買収して大規模事業に乗り出している。ドイツ銀行も同様の動きをしていている。中国の食料輸入は今後どのように推移していくのだろうか注目し なければならない。

控えめな食糧総需要量

 中国政府の食糧自給率を95%に維持する計画は楽観的だとする根拠を具体的に説明しよう。まず、食糧自給率を計算するときの分母となる食糧の総需要の計算だ。

 国務院が毎年発表する総需要量計画は、目標年次に対する総人口と人口一人当たりの需要量を掛け合わせるという単純な方法で算出している。2000 年は5億トンであったが、その根拠は総人口が13億人で、一人当たりの需要量が385kgであった。この方法で、2010年は14億人と390kgで5億 5000万トン、2030年は16億人と400kgで6億4000万トンと予想している。先の食糧自給率95%を維持するという計画の2020年の総需要 量を逆算すれば5億6800万トンとなる。

 ちなみに一人当たりの需要量は生活水準の向上を見越して増やしてあるが、400kgは現時点の台湾の場合に相当する。22年後の2030年に現在の台湾の生活水準に達するという前提はあまりにも控えめであると感じるのは筆者だけだろうか。

工業用地の拡大で耕地面積の維持は難しい

 次は耕地面積について。まず、農林水産省農林水産政策研究所企画連絡室長白石和良氏によると、中国の耕地面積の数字は信憑性に欠けるということを 断っておく必要がある。1996年に実施した調査の結果中国の耕地面積は1億3000万ヘクタールという集計が出たが、その結果は前回の調査結果よりも、 突然30%も増えた経緯があるという。中国の耕地面積の単位は畝(ムー)で、15ムーが1ヘクタールに相当するが、地域によってムーの大きさが違うという のだ。北のムーが大きい、南のムーは小さいとの説明でこのときは曖昧な解決となった。税金逃れなどで統計には集計されていない隠し田もある。そのような信憑性が低い計画ではあるが、現状の耕地面積を維持しようとすることに関しては一定のレベルを達成するであろう。しかし、国土の砂漠化に よる耕作不能地が拡大する一方で、西部奥地まで工業化を進める場合に農地から工業用地への転用などの問題が生じる。東北部の吉林省など広大な農地に対する 依存度は益々増えるであろうが、一方で零細農民が耕作放棄する農地なども考慮すべきと思う。

 中国の総人口13億人のうち子供まで含めた農民人口は一般に9億人とみられている。ところが、South China Morning Post紙によればインドネシアの人口より多い2億5000万人が都市部の高い賃金を求め機会があれば農村から出たいと考えているという。中央政府は農家 収入を維持すべく補助金1340億人民元(約2兆円)を農村に注いでいるが離村は妨げられない。

 その理由は、2007年の世界の穀物の値上がりは単純平均で前年比14.6%であったが、中国内では6%しか上がっておらず農家の収入が増えてい ないからだ。さらに2008年1月からは中央政府がインフレ抑制のために穀物、肉、ミルク、食用油、卵などの値上げを禁止している。一方農薬や肥料は値上 がりしており(カリウム肥料は前年比2倍以上)補助金だけでは賄いきれないのが実情だ。これでは農民の生産意欲は減退する。

農業用水の不足

 世界の水使用量の80%は農業用水となっている。中国の一人当たりの水の使用量は世界平均の四分の一にとどまっており、水不足である実感はわかな いが、状況は地域の事情によって異なる。一般に南は洪水も多いが水も多く、北は干ばつが多く水は不足している。さらに、黄河の断流、水質汚染、都市生活用 水や工業用水との競合など悲観的材料が多い。

 水が豊富であるとされる南の東ガン市の場合でも、2007年の水使用量は広東省が定めた水準を超えて22億6700立方メートルに達し、このまま では同市の社会・経済は崩壊する、との悲鳴をあげた。1980年の水使用量の90%が農業用水であったのが2007年には90%が工業・生活用水となっ た。水源は東江に依存しているが水質汚染などで水の供給が絶たれつつあるとしている。同じ現象は、他の開発地域でも起きていて農業用水は益々細りつつあ る。

肥料による土壌汚染

 農業生産技術の革新には目をみはるものがある。約50年前の1961年と比較すると、世界の総人口は2倍となっているが、同時期の穀物生産量は3 倍となった。耕地面積はほぼ横ばいだが反収(単位面積あたりの収穫量)の飛躍的向上による。つまり“緑の革命”だ。これは品種改良と肥料の使用料増大に よってもたらされた。

 中国でも1990年代初めの約4億トンの生産量が現在は約5億トンになったのも肥料の使用量の伸びによる。ところが、化学肥料は大幅に価格高騰し ている。前年比平均60%高とも言われ、政府も補助金など緊急対策を検討しているようだが、農家は当然使用量を減らすことになり、収穫量は減少することに なる。

 穀類には窒素肥料が有効だが、土壌に窒素成分が残留し有毒となる窒素汚染も深刻で、華北高原、黄河流域、山東半島の汚染状況はひどい。従ってこれ 以上肥料に頼ることは出来ないのが現状だ。遺伝子組み換えなどの革新技術がないわけではないが、現状ではまだ活用に当たって議論中であり、効果は限定的 だ。

 牛や豚など肉食が増加しつつあるが、中国などアジア地域には餌となる草地がほとんどない無いのも課題だ。とうもろこしを餌にする以外にないが、牛や豚の排泄を考慮すると、40gのとうもろこしが10グラムの牛肉または豚肉にしかならないのが現状だ。

食糧備蓄設備の整備が必要

 食糧備蓄は収穫地にサイロを多数設置するなどすることである程度可能となる。ただし、設備の数だけが多くてもだめだ。旧ソ連では備蓄設備不十分で ねずみなどの被害にあい、流通段階で収穫量の20%分がなくなった例があるが、中国の備蓄設備は旧ソ連と同じ状況だと思う。品質保全など備蓄にも巨額の費 用がかかる。さらに備蓄した食糧を有効に活用するためには輸送インフラの改善も必要だ。

 以上、中国政府の食糧自給率計画の細部を詰めると、中長期的に見れば悲観的にならざるを得ない。最後に一言付け加えるとすれば、『実際には農業に 従事していない農民を今後どうするのか』という問題がある。すでに先進国は半世紀前の工業化よってその雇用を吸収し解決したが、中国の場合工業化を進める と耕作地を工業用地にしなければならないし、公害問題を奥地に拡散することとなる。この問題に対する最善の解決法はまだ見つかっていない。

注)本文中で引用したデータなどは、筆者も参加している“食生活研究会”での日本大学の大賀圭治教授と川島博之教授、農林水産省の白石和良氏の講演 の内容から要約したものに、筆者の意見を加えたものである。食生活研究会は、日清製粉の創設者故正田貞一郎翁が70年ほど前に設立し、今も日清製粉グルー プの支援によって研究者への支援、講演会活動などを行っている。講演会では健康問題と共に食料問題を扱っており毎回多数の参加者によって有意義な討議が行 われている。

南船 北馬

長年商社で海外取り引きに従事。ニューヨーク、ロンドン、香港、北京と20年近くを三極で過ごす。中国との取り引きは1970年代から経験。

北京には天安門事件後に駐在。 欧米での長い経験と香港企業との付き合いも深く、海外経験が中国中心の中国通とはやや異なるクールな見方を持っている。

現在、日本香港協会理事長。デンマーク、カナダ、旧東欧圏諸国などとの経済交流にも積極的に参加している。


●●コメント●●

0 件のコメント: