2008-09-16

「国際資源戦争」の実相を読む

:::引用:::
鉱山技術者として世界のメタル開発現場を踏破してきた資源・環境ジャーナリスト谷口正次氏と、金融のプロとしての経験をもとに石油・ガス田開発の最前線を 描いた小説『エネルギー』の著者・黒木亮氏に、いま世界各地で繰り広げられている「国際資源戦争」の虚々実々について本音で語ってもらった。(編集部)

編集部:エネルギーやメタル(金属資源)をはじめとする資源の価格が軒並み高騰し、物価上昇の大きな原因になっています。現在の価格水準をどのように見ていますか。


黒木亮(くろき りょう) 1957年、北海道生まれ。カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。都市銀行、証券会社、総合商社に23年余 り勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、航空機ファイナンス、貿易金融など数多くの案件を手がける。2008年9月、国際資源戦争の最前線 を描いた大河小説「エネルギー」を刊行。他に「トップ・レフト」「巨大投資銀行」「アジアの隼」「青い蜃気楼~小説エンロン」「カラ売り屋」「貸し込み」 などがある。英国在住。(写真:稲垣純也 以下同)

黒木:資源の価格が高騰しているのは投機マネーの影響だとよく言われていますが、もっと正確にいえば、年金基金をはじめとする機関投資家の 長期資金がコモディティ(商品)市場に流れ込んだために相場が底上げされ、そこに短期の投機マネーが加わって、価格が吊り上がっているのだと思います。

 だから、需給要因だけをみれば本来2~3割上がるべきものが2倍にも3倍にもなっているわけです。

 そうした投資資金の受け皿となっているのがコモディティ・インデックスファンドで、ここ数年は買い一辺倒で資金が流れ込んできた。ただ、サブプラ イム危機による金融不安の影響もあり、今年に入ってから相当量の資金が流出しており、資源価格の下落傾向が鮮明になってきました。

 これから年末にかけて、原油価格の代表的指標であるWTI先物は1バレル=70~80ドル前後まで下がるという観測が出てきています。わたしは50ドルまで下がってもおかしくはないと思います。

谷口:わたしは少し違う見方をしています。資源価格の高騰を牽引しているのは、何といっても中国です。トウ小平が1978年から進めてきた 改革開放路線によって、中国の資源に対する需要は年々膨らみ続けており、いまだに年率12%で増大しています。これは世界の資源需要を2%押し上げるペー スで、35年で倍になることを意味します。経済成長の怖ろしさを実感させられる数字です。


谷口正次(たにぐち まさつぐ) 資源・環境ジャーナリスト。1960年九州工業大学鉱山工学科卒、小野田セメントに入社。同社資源事業部長などを 経て、1994年に秩父小野田常務、1996年専務、1998年に太平洋セメント専務。2001年に屋久島電工社長(太平洋セメント専務取締役兼 務)2004年6月国連大学ゼロエミッションフォーラム理事(産業界ネットワーク代表)。主な著書に「メタル・ウォーズ」(東洋経済新報社)、「入門・資 源危機―国益と地球益のジレンマ」(新評論)など。

 その一方で、21世紀に入ってから環境面での制約条件がきつくなってきたため、需要に見合うだけの供給を続けることが難しくなってきた。だから価格が高 騰せざるをえないのだと思います。20世紀までは経済のサブシステムとして資源が位置づけられてきたのですが、21世紀に入ると資源の重要性があまりにも 大きくなり、もはや資源のサブシステムとして経済があるというような状況になっているのです。

 景気後退によって資源価格が一時的に下がるかもしれませんが、中長期的には上昇傾向は変わらないと思います。事実、1955年から2005年まで の50年間で、ニッケルの需要量は17倍、アルミニウムは20倍、鉄は4倍に上昇しています。資源大国と呼ばれてきた中国でさえ、すでに鉄の自給率が 42%、銅が20%、ニッケルが30%まで落ちてしまった。今後も、世界的に資源不足が続くことは間違いないでしょう。

中国は“資源五輪”でも金メダルを目指すのか

黒木:たしかに、中国による資源囲い込みの動きは突出していますね。まるで資源パラノイアのように、アフリカをはじめ世界中から資源を買い漁り、権益獲得に奔走しています。

谷口:その理由は、中国が国家戦略として資源開発に取り組んでいるからです。温家宝首相は、中国地質大学(旧・北京地質学院)の出身で、甘 粛省では地質鉱山部副部長などを歴任したメタルのプロです。こういう人物が政府のトップにいるので、資源開発の重要性を十分に認識しているのだと思いま す。

黒木:北京オリンピックで金メダルを51個獲得して他国を圧倒したように、資源開発競争でもチャンピオンを目指そうとしているのでしょうか。実行力はすごいと思いますが、世界共通の財産である資源を取り合うという発想は、すでに時代遅れのような気もします。

谷口:発想自体は、わたしも間違っていると思います。ただ、中国というスーパーパワーが台頭してきて、欧米の資源メジャーなどといっしょに 資源を囲い込もうとしている現実は直視しなければならないでしょう。ここにきて、ユダヤ系とアングロサクソン系の資本に中国が加わり、三つ巴の資源争奪戦 が始まったという印象さえ受けます。

黒木:中国は、ODAの一環として、自らの安い労働力を動員し、アフリカをはじめとする途上国で資源を確保するというやり方をしています。 囚人なども含めて何千人もの労働者を現地に送り込み、過酷な労働条件のもとで働かせると、そのうちの100人くらいは死傷してしまうのだけれども、失った 分はすぐに追加で派遣して、また別の場所で働かせるという具合です。

谷口:かつて明治政府が南満州鉄道を開発する際に、後藤新平が音頭をとって大量の労働者を送り込んだのと同じようなことをしているのです。たしかに時代錯誤といっても過言ではないでしょう。

黒木:資金も労働力も相手持ちで開発してもらえるという意味では、アフリカ諸国のなかには中国に感謝している国もあるようですね。環境問題とか人権問題といったうるさいことも言わないですし。

谷口:けれども、一部の国では中国に対する反発も見られます。開発と一緒に中国から輸入される武器で内戦が悪化したり、いろいろな問題が表 面化していますから。欧米諸国も、自分たちの裏庭で中国が大手を振って歩き回るのを、いつまでも静観していることはないでしょうから。いまのような中国の やり方がいつまで続くかは疑問です。

途上国の環境を荒らす加・豪の「ジュニア」

編集部:資源開発を語るときには環境破壊の問題を無視できないと思いますが、世界的にみて、環境破壊の状況は改善しているのでしょうか。

谷口:マイニング(鉱業)というのは環境破壊そのもので、それによって現在の工業化社会が支えられているのです。われわれが物質文明を放棄しない限り、程度の差こそあれ、環境破壊は続いていくという認識を、まず持たないといけません。

黒木:現実問題として、資源開発は何らかのかたちで環境破壊を引き起こします。だから環境保護団体の反対運動も活発で、それによって開発計画が中止に追い込まれる場合も増えてきています。

 もちろん、地元の自治体や政府が本気でやる気になれば、反対運動に抗って開発を進めることが可能ですが、それでも、かつてのように強引に進めるわけにはいかなくなっています。

 そういう意味では、資源開発による環境破壊は改善しているという印象も受けますが、いかがでしょうか。少なくとも、わたしが拠点にしているヨーロッパ周辺では、あからさまに環境破壊を引き起こすような乱開発は目立たなくなっているように思えます。


谷口:先進国周辺では環境の制約条件が非常に厳しいですから、大規模な資源開発はきわめて難しくなりました。たとえばルーマニアではカナダ の鉱山会社などが欧州最大級といわれる金鉱山(ロシアモンタナ)の開発を進めてきましたが、金の精製過程で発生する有毒物質のシアンが周辺の河川や土壌を 汚染しかねないとの理由から大規模な反対運動が巻き起こり、計画が頓挫しそうになっています。

黒木:最近では、開発資金を提供する金融機関に積極的に働きかけて、ファイナンスのほうを締めつけるという反対運動がかなり効果を上げているようです。とくに、EBRD(欧州復興開発銀行)やJBIC(国際協力銀行)などの政府系金融機関は世論の動向に敏感です。

 『エネルギー』のなかでも書きましたが、サハリンの天然ガス・プロジェクト「サハリン2」では環境保護団体の反対運動などによって、EBRDが融 資を撤回せざるをえなくなった。民間金融機関のほうでも、エクエーター原則(自然環境や社会に与える影響を考慮して大規模プロジェクトを進める枠組み)の 遵守が求められるので、おいそれと資源開発に資金を出せない状況になっています。

谷口:今年8月の洞爺湖サミットでもG8首脳宣言のなかに「天然資源」の項目が盛り込まれました。内容は「採取産業透明性イニシアティブ (EITI)等を通じた採取分野での透明性、説明責任、良い統治の向上及び持続可能な経済成長の促進」というもので、要するに、環境に配慮したかたちで資 源開発が行われているかどうかをきちんと監視しましょうということです。

 とはいえ、メディアで報道されるような動きはあくまでも建前だということを忘れてはなりません。資源開発の現場、とりわけ途上国の現場に足を運んでみると、資源開発に伴う環境破壊の現状は目を覆いたくなるほど酷いものです。

 たとえば、パプアニューギニアのブーゲンヴィル島の銅鉱山では、銅の鉱石を採掘・精鉱する際に発生する大量の廃棄物をジャバ川にそのまま投棄して いたため、川底が上がり廃棄物が周囲の熱帯雨林にオーバーフローし、多くの樹木が立ち枯れしてしまった。ほかにも、ニューカレドニア、インドネシア、ペ ルーなど数多くの途上国で、資源開発による深刻な環境破壊が引き起こされてきました。

黒木:スポンサー(開発事業者)や金融機関がいくら綺麗事をいっても、地元の下請会社や孫請会社が実際に何をやっているのかを把握するのは 容易ではないようですね。ロシアの建設業者なんて、そもそも環境保護などという意識が薄い国ですから、親会社がうるさく注意しても聞く耳を持たない。

 また、スポンサーや金融機関の側にも、本音では開発を進めたいわけですから、環境破壊をするなら自分たちの目にふれないところでやってくれという気持ちがないとはいえない。

谷口:地元の業者もそうですが、途上国での資源開発できわめて悪質なのが、「ジュニア」と呼ばれる下請会社の存在です。ジュニアというのは、開発の下準備を請け負い、うまくプロジェクトが進んで操業開始になった段階で権益をメジャーに売り渡すというビジネスをやっています。

 オセアニアや中南米のように生態系の豊かな地域では、最初からメジャーが動くと世論がやかましいので、まずはジュニアが出て行って、うまく行きそ うならばメジャーに引き継ぎ、問題が起きれば逃げ出してしまう。下準備といっても相当な土木工事をやりますから、地元住民や生態系に深刻なダメージを与え ることになる。

 現在、世界中の4100社あまりのジュニアが活動していますが、カナダとオーストラリアの会社が大半を占めています。カナダやオーストラリアとい えば、自国内では非常に厳しい開発規制を敷いていて、環境先進国といったイメージを持たれる方も多いと思いますが、その一方で、遠く離れた国々では環境破 壊の先兵ともいえる役割を引き受けている。自分たちの庭は汚さないけれども、他人の庭は平気で汚すというダブルスタンダードが罷り通っているのです。

金融は“騙し”のルールで動いている

黒木:近年の資源価格の動向をみて感じるのは、金融工学のオモチャになっているのではないかということです。

 石油もメタルも農産物も、コモディティ・インデックスファンドという1つの器のなかに入れられて一緒に売買されるので、単純な需給関係だけではなくて、 インデックスの構成を決めている投資銀行が自分たちのポジションの都合のいいように商品の比率を動かすとか、風説の流布に近いようなアナリスト・レポート を発表しているという噂が絶えません。それらはたぶん事実だろうなと思っています。

 実は、こうした動きのきっかけを作ったのがエンロンで、同社が1990年代に天然ガスのデリバティブ市場「ガスバンク」を作ったことにより、資源の金融化という流れが一気に加速したのだと思います。

谷口:わたしは金融については詳しくありませんが、最近の金融取引をみていて疑問に思うのは、価値のないものに価値をつけたり、実体のわからないものを証券として売買しているのではないかということです。

 その半面、森林だとか生態系といった人間が生活するうえで本当に価値があるものは、いわば「外部不経済」として経済活動から切り離されてしまった。そこに現代の金融システムの矛盾があるのだと思います。

 いまの環境経済学の潮流を表すキーワードに「サステイナブル・プライシング」という言葉がありますが、資源開発の長期的なコストと経済効果を正しくとらえて、資源に適正価格をつけるためには、いま一度、資源の本当の価値に妥当な価格をつける取り組みが必要だと思います。

黒木:基本的に金融の世界はアングロサクソンのルールで動いているのですが、それは一言でいえば“騙し"のルールです。素人がマーケットに入ってくればそいつをカモるという掟といってもいいでしょう。

 『エネルギー』の中でも描きましたが、ゴールドマン・サックスの子会社のJアロンや三井物産のエネルギー・デリバティブ子会社が、自信過剰の中国企業を手玉にとって、5億5千万ドルという巨額負債を負わせ、破綻させた事件がありました。

 また、2004年に中国が大量に大豆の買い付けをするという噂が流れたときに、カーギルをはじめとする穀物メジャーが大豆の相場を吊り上げたため に、中国の企業が代金を払いきれなくなって、中国の大豆搾油メーカーの8割が米国企業に買収されました。われわれ日本人にとっては怖ろしいと感じることで も平気でやってしまうのには驚かされます。

谷口:カーギルの動向で見逃せないのが、子会社のモザイクを通じて世界的にリン鉱石の囲い込みをやっていることです。リン鉱石からとれるリ ン酸というのは、農作物の肥料の3要素のうち「生命の根源」とも呼ばれる成分で、家畜の飼料にも不可欠です。モザイクは2007年に、そのリン鉱石の販売 価格を一気に倍に引き上げたために、売上げが80%伸び、記録的な利益を計上しました。

 消費量の少ないレアメタルやリン鉱物のように代替物がない資源は、いったん囲い込まれてしまうと、供給側の都合でマニピュレーション(価格操作) とスペキュレーション(投機)が簡単にできてしまう。場合によっては、いくら高い金を出しても買えなくなるという事態も生じますから、日本の安全保障に とっても深刻な問題として受け止めるべきだと思います。 (後編へ続く)

●●コメント●●

0 件のコメント: