2008-09-25

コアビジネスからコアプロセスへ(前編)

:::引用:::

様々な業界において,世界的な競争はますます激しくなっている。こうした中で,多くの企業にとってグローバルなオペレーション・モデルの構築は急務と言え る。そのために,ITの果たす役割は大きい。また,変化に対応するための組織再編や業務の見直しも頻繁に行われるようになった。こうしたビジネスの変化 に,ITが十分なスピードで対応できているとはいえない。この課題に対する解決策を提示しているのが,プロセス・セントリックITの考え方である。SOA によって,プロセス・セントリックITは現実のものになった。

サブプライム問題の影響でブレーキがかかったものの,世界におけるM&Aは中長期的に増加傾向にある。鉄鋼業界 の世界首位を走るアルセロール・ミタルや資源メジャーが駆使してきた巨大M&Aは,その代表的なものだろう。IT業界においては,先頃ヒューレッ ト・パッカード(HP)がEDSの買収を決めた。同様の動きは,他の様々な業界で起きている。

言うまでもなく,M&A後の統合の巧拙は合併企業の価値を大きく左右する。そこで,M&Aを実施した企 業が注力しているのが,グローバルなオペレーション・モデルの確立である。米アクセンチュアで全世界のシステム構築や技術,品質管理などの責任者を務める カールハインツ・フルーター氏(システム・インテグレーション/テクノロジー&デリバリー グループ・チーフ・エグゼクティブ)は,次のように指摘する。

「ここ10年間に様々な買収を進めてきた企業の中には,『本当の相乗効果を引き出すのはこれから』という企業も少なくあ りません。その相乗効果は,グローバルなオペレーション・モデルを導入して初めて実現できるのです。グローバルなオペレーション・モデルを目指す動きが始 まったのは,最初は石油や化学などの産業分野でした。その後,通信や金融,小売業,自動車などの分野でも同様の展開が加速しています」

こうした動きはいま,あらゆる産業分野に広がりつつある。そして,先進的な企業はグローバルなオペレーション・モデルによって業務の一元管理や統合を実現し,その成果を一層の競争力向上に結び付けている。

グローバルなオペレーション・モデルの重要性は,M&Aを行っていない企業にも言えることである。世界中の拠点 がそれぞれ独自のオペレーションに固執していたのでは,グローバル最適は望めない。世界でビジネスを展開する日本企業の中にも,拠点任せ,あるいは現地で の属人的な業務プロセスを多く残しているケースは多いのではないだろうか。そこで,大きな役割を期待されているのがITである。

「ITなしにグローバルなオペレーション・モデルを実現することは,到底不可能です。逆の視点から言えば,グローバルな オペレーション・モデルがなければ,本当の意味で共有化されたIT環境も整いません」とフルーター氏。業務としてのオペレーション・モデルとITは表裏一 体なのである。

グローバルなオペレーション・モデルが求められる背景には,国際的な規制の動きもある。例えば,日本で2007年に導入 されたバーゼル2は,金融機関を対象にした自己資本比率規制であり,この分野の世界標準といっても過言ではない。また,環境分野ではEUにおけるRoHS やREACHなどが注目されている。

こうした国際規制への対応を迫られているのはグローバル企業だけではないが,グローバルに活動する企業ほど,世界各国の 規制の動きに対して敏感にならざるを得ない。国際標準の規制に準拠しつつ,国ごとのローカルな規制にも対応できるオペレーション・モデルの構築が求められ ている。

M&Aをはじめとする組織の統合や再編は,今後さらに頻繁に行われるようになるだろう。また,加速する環境変化のスピードに対応するために,あらゆる企業は業務のあり方を柔軟かつ迅速に見直す必要がある。

このような組織,業務の変化に対して,ITは十分なスピードで追いつくことができるだろうか。フルーター氏が示すキーワードは,プロセス・セントリックである。

「現在,多くの企業が取り組んでいるのがプロセス・セントリックな組織づくりです。それを実現するためには,ITのプロセス・セントリック化も求められるでしょう」

縦割りの部門中心の組織から,業務プロセスを中心にした組織へ。ITもまた,この流れに追随する必要がある。会計や販売,調達といった縦割りシステムが,プロセス軸でつながるプロセス・セントリックIT。その際,企業内だけでなく外部のシステムとの連携も重要になる。

しかし,現実はどうか。フルーター氏はこう指摘する。

「最近,多くの企業が業務プロセスを重視するようになりましたが,ITはプロセス・セントリックになっていません。企業 内には20年以上,稼働し続けているシステムがあります。業務が変わって業務プロセスも変わっているのに,システムに組み込まれた業務プロセスは変更でき ません」

数十年前から使い続けているレガシー・システムを捨てて,まったく新しいITに切り替えるのは現実的なアプローチとはいえない。そこで,フルーター氏が注目するのがSOAである。

「レガシー・システムには,業務を遂行するために欠かせない様々な機能があります。必要な機能を生かしながら,プロセス・セントリックの考え方を取り入れたシステムへ円滑に移行するためには,SOAが欠かせません」

SAPやオラクル,マイクロソフトなど業務アプリケーションベンダーの多くは,すでにSOAに対応するパッケージ製品を 提供し始めている。カスタム開発を行う際にも,SOAをベースにしたシステム構築が可能だ。さらに,SaaSなどの社外サービスも活用しながら,プロセ ス・セントリックなITへの移行を目指すのである。

後編では,プロセス・セントリックITを支えるSOA,そしてSaaSについても考えてみたい

いま,多くの企業がプロセス・セントリックな組織を目指している。そのために重要なのが,ITのプロセス・セントリック化である。プロセス・セントリック ITを現実的なものとしたのは,SOAとそれに関係する技術進化やパフォーマンスの向上だ。これにより,レガシー・システムと新しいパッケージ製品,外部 調達型のサービスをプロセス軸で組み合わせて最適化する道筋が見えてきた。こうした中で,SaaSの利用も一層進むと考えられる。ただし,SaaSを上手 に活用するためにはいくつかの課題に注意する必要がある。

企業の情報システムには大きく3つの種類がある。手づくりのカスタム型とパッケージ製品,そして外部から調達するサービ ス。これらを最適な形で組み合わせ,環境変化に対応して見直しながら最適を維持する。それは,困難な作業のように見えるかもしれない。これに対する解決策 を提示するのが,プロセス・セントリックITの考え方である。プロセスを明確に定義し,それを常にビジネスに適合する形に変えていく。こうした取り組みを 継続することで,企業の変化対応力は強化される。

プロセス・セントリックITを支える技術的な基盤となるのがSOAである。米アクセンチュアのシステム・インテグレーション/テクノロジー&デリバリー グループ・チーフ・エグゼクティブを務めるカールハインツ・フルーター氏は,SOAの意義をこう説明する。

「プロセス・セントリックIT構築のカギはSOAです。従来は一枚岩だった巨大なアプリケーションを,SOAはいくつか の構造に切り分けてサービスとして開示し,プロセスとして組み立てることを可能にします。例えば,かなり以前にアセンブラで書かれたアプリケーションで あっても,Webサービスとして扱えるようにすれば,その機能を利用することができます。SOAによって,こうした既存資産の再利用が可能になるのです」

既存資産の再利用という取り組み自体は,10年ほど前から行われてきたことである。ただ,それがSOAによって大きく前進しつつあることは間違いない。10年前との違いについて,フルーター氏は2つのポイントを挙げる。

「1つは,テクノロジーです。WebサービスやXMLといった異なるベンダー間の製品を連携する標準ができました。もう1つは,パフォーマンスの問題が解消されたこと。10年前はパフォーマンスが出ずにあきらめていたシステムを,いまは簡単に構築できます」

フルーター氏が最初に挙げた連携性は,外部サービスを取り込む際にも重要な意味を持つ。自社の保有するシステムと外部サービスとの連携によって,合理的でスムーズなプロセスを実現できる。こうした中で,SaaSへの注目度が一層高まっている。

「SaaSの重要な側面は2つあると思います。まず,ハードウエアやソフトウエア,データベース,ネットワーク,さらには保守サービスまでをすべて SaaSで網羅できるという点です。次に,非常に柔軟な価格体系に対応できることです」とフルーター氏は語る。こうしたメリットを引き出そうと,自前主義 の傾向が強いと言われる日本企業の間でもSaaS導入の動きは加速しつつある。

ただ,SaaSを活用する場合にはいくつかの課題に注意する必要がある。フルーター氏は3つの課題を指摘する。

「第1に,データの同期です。社内で持っているデータと,サービスプロバイダーが管理するデータを,いかに同期させる か。同期の要件や頻度などは,アプリケーションによって異なるでしょう。第2に,外部に置いたデータのセキュリティを,どのようにして確保するか。第3 に,どのようにして十分な性能を得るかということです」

SaaSの利用はCRMやコラボレーション,電子メールなどの分野から始まり,すでに大きな市場を形成している。しか し,少なくとも現段階では,ERPをはじめとする基幹的なシステムにおいて多くのユーザーを獲得しているわけではない。この点に関して,フルーター氏の見 解は次のようなものだ。

「特に,基幹系のアプリケーションを“クラウド”に乗せることに関しては,様々な検討が必要だと思います。重要なのは, 会社の生命ともいえるデータをどこに格納するかということ。例えば,顧客のクレジットカード番号,病院のカルテといった情報までクラウドに乗せるのかどう か。こうした情報の格納場所については,政府が規制をしている場合もあるでしょう」

SaaSはグリーンITとも密接に関係している。個々の企業が自前のデータセンターでシステムを運用するより も,SaaSプロバイダーが大規模なデータセンターで多数の顧客のためにシステムを運用するほうがエネルギー効率を高められる。デスクトップPCでも同様 のことが言えるとフルーター氏は言う。

「多くの場合,PCが消費する電力のうち3分の2から80%程度は,本来のコンピューティングには使われていないと言われています。このデスクトップをクラウドに乗せることができれば,電力を相当節約できるはずです」

プロセス・セントリックITを構成する主要な要素としてのSaaS,そして環境負荷を低減させる大きな潜在力を秘めたSaaS。企業と情報システムの新しい姿を考える上で,SaaSは欠かせないものと言えそうだ。

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