2007-09-20

山田長政の眠る街で根付き始めた日本語教育

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山田長政の眠る街で根付き始めた日本語教育
江戸時代初期にタイ(当時シャム)に渡り、日本人町の長となるなど、高官位に上りつめた後、左遷され、今の南部ナコンシタマラート県で1630年に毒殺された山田長政。そのナコンの地にようやく日本語教育が根付きつつある。

  8月5日、ナコンシタマラート県日本友好協会事務局で開かれていた日本語講座の終了式が行われた。受講者は地元の進学校、トリアムウドム南高校の第1学年 で日本語を教える竹林千晴さん(25)の生徒だ。登録者は女子が14人、男子が1人。授業は全7回で、1回の授業は約3時間だ。

 トリア ムウドム南高校では4年前から選択外国語に日本語を組み入れた。竹林さんが教える第1学年は全10クラスあるが、このうち、日本語を勉強するのは1クラス だけ。これまではタイ人の先生が1人で教えていたが、今年から日本人教師が採用されることになった。竹林さんは第1号となる。授業時間は週5時間。「日本 の漫画、アニメ、流行などに関心のある生徒が大半」という。

 一方、冒頭の日本語講座でのカリキュラム作成およびメイン講師を務めるのが 村山智明氏(60)だ。現在、ラチャパット大学ナコンシタマラート校で、文子夫人(61)とともに、日本語を教えている。ともに教師暦30年を超えるベテ ランだ。同大学では日本人3人、タイ人1人が日本語授業を担当しているが、智明氏は8年、文子夫人は4年、教鞭をとっている。

 ラチャ パット大学ナコンシタマラート校は97年に人文社会学部で日本語学科を開設しているが、本格的に日本語主専攻の学生募集を始めたのは5年前。学生が日本語 を勉強する理由はさまざま。日本の大衆文化に関心を抱いて、勉強を始めるケースが多いが、両親や先輩の勧めもあるという。日本語主専攻の卒業生はこれまで 16人。日系企業やホテルなどに就職している。

 文子さんは「学生の質がいい。また、高校の段階から日本語を勉強してくる者が増えた」と話す。

  ただ、日本語教育発展の障害となっている点も少なくない。まず、大学の方針で、日本語を主専攻とする学生を募集する年と募集しない年とがあり、継続性が途 切れてしまうことだ。そのため、現在、日本語主専攻の学生は3年の10人のみ。文子さんは、「是非、毎年、募集するようにしてほしい」と切望する。

 さらには「貧しい学生が多い。辞書を買うお金がなく、コツコツと貯金してようやく買った辞書を手に、『先生、やっと買えました』と嬉しそうに報告してくる」(文子さん)という。奨学金などの官民の支援も求められるところだ。

 ナコンシタマラート市の北、ターサラ郡にあるワライラック大学では7年前より日本語が選択科目になった。同校で5年勤務している秋田英嗣氏(44)も「学習動機としては、日本の会社で働きたい、日本のアニメをもっと理解したいというものが多い」と話す。

 なお、今年11月には日本語講座第2弾が計画されているが、智明氏は「講座をより発展させていきたい。そのためには県の学生センターなどで実施したい」と意欲的だ。

  ナコンシタマラート県にある日本食レストランは「8番ラーメン」だけ。日本文化の氾濫するバンコクとは比べようもないが、それでも日本語に関心をもつ生 徒・学生は確実に増えている。同地で長年育まれた日タイ交流をより促進するためにも、せっかく燃え始めた日本語熱を冷ましてはならない。将来に向けての明 るい可能性を感じた日本語講座の終了式だった

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