2009-12-15

【凍える就活 内定率急落の現場】(1)一流国立大を出たけれど

:::引用:::
 「ちょっとナメてましたね。絶対、就職できると思ってました」

 一橋大経済学部4年の小峰礼子さん(22)=仮名=は自身の就職活動をこう振り返る。

 3年生の10月から本格化する大学生の就職活動。「次の次の春」に向け、企業の就職情報サイトがオープンし、就職セミナーや合同企業説明会が始まる。

 小峰さんの手帳はこの時期、毎日、2~3社の説明会の予定で埋まっていた。「やる気も満々」だった。

 大手企業の採用が本格化する4月。銀行や生命保険などの金融を中心に15社を受けた。結果は「全滅」。

 「形のない商品をお客さまに提供する金融では社員こそが命。自分もその一人になりたい…」

 ある銀行の面接。志望動機を聞かれ、そう答えると面接官の顔がみるみるゆがんでいった。

 「あまりに何も考えていない言葉に面接官があきれたんだと思う」

 5月に入ると、周囲には内定獲得者が増え、焦りはピークに。その後、10社ほど受けたがやはり「全滅」。サークルの友人らが卒業旅行の計画を立て始めたのが恨めしかった。

 「自分は社会に必要とされない人間なんだ…」。限界を感じ、就職留年を決めた。

 「自分が何をしたいのかということよりも会社のネームバリューが大事だった。面接官にそれが見透かされていた」今は生い立ちをまとめた「自分史」をつくっている最中。就職活動に役立てると同時に、「これまで挫折もなく、たいした努力もしないでそこそこの人生を歩んできた」という自分を見つめ直す意味もある。

 この師走。3年生に交じり「次の次の春」に向けた就職活動に奔走している。

                  ◇

 東北大大学院2年の塩川裕也さん(25)=同=も10月から真新しいスーツに身を包む大学3年生に交じり就職活動を再開させた。前年度はゲーム関連の大手を中心に約30社受けたが、内定にはこぎ着けられなかった。

 「悲しいと言うよりむなしい。学歴社会なんて、誰が言ったのか…」

 群馬県のサラリーマン家庭の出身。両親の期待を背負って東北大理学部に進み、教授に勧められるまま、大学院に進学した。

 ゲーム関連の会社を志望したのは、「ゲームが好きだったし、募集要項に『理工系』とあったから」。

 「勉強をこなすように、就職もなんとなく決まるものだと思っていた。就活がこんなに厳しいなんて、誰も教えてくれなかった…」

 来年は大学院に留年するか、院を出て就職浪人するか、まだ決めていない。 偏差値トップの東大生だって例外ではない。東大文系学部4年の八木宏さん(22)=同=は外資系金融企業への就職を目指し、昨夏には、企業のインターンシップ(職場体験)にも参加した。しかし、混迷する世界経済の影響で採用人数は絞られ「そっけない対応だった」。

 大学院に通いながら、就職活動を続けることにしたという。「金融に固執せず幅広く受ける」という。

 企業の買い手市場となっている就職活動。だが、この景況下では企業も学生を厳選したうえで採用せざるを得ない。就職活動で、大学のブランドや偏差値がものをいう時代は、過ぎ去っている。

 学生に人気のある運輸系企業の採用担当者は「大学名はある程度参考にするが、それだけではダメ」と語る。「成功体験よりも苦労や挫折した経験のある学生がほしい。そういう人は自分で考え、行動し、課題を乗り越えていく力があるからです」



 厚生労働省などによると、平成22年春卒業予定の大学生の就職内定率(10月1日現在)は前年同期に比べ7・4ポイント減の62・5%。高校生(9月末現在)も、前年同期比13・4ポイント減の37・6%で、いずれも過去最大の下落幅を記録した。

 金融危機に端を発した景気の低迷で、雇用情勢は悪化するばかりだ。これから社会に出ようとする大学生や高校生たちも、その波にもまれ、翻弄(ほんろう)されている。来年を不安な気持ちで迎えようとしている若者たちの、師走の就職活動事情をスケッチする。
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