2009-04-20

第9回 「最適化」という提案を疑ってみる

:::引用:::
経営者にとって、情報システムは頭痛の種になりがちだ。業務に必須だが投資に見合った効果が出るとは限らない。ほかの設備投資に比べて専門的で難解でもある。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、ベンダーとユーザー両方の視点から、“システム屋”の思考回路と、上手な付き合い方を説く。

 前回(第8回)では、情報システムを構想する際の考え方について「遺失物管理システムとM&A案件管理システム」を例に挙げて説明しました。

 もう1つ、事例を挙げたいと思います。「最適化」「ベストマッチング」とは何かという問題です。

 私は野村総合研究所に勤務していた2000年ごろから、人材派遣大手のスタッフサービスの情報システムにかかわることになりました。その後、フリーランスを経て、2003年に結局スタッフサービスに入社しました。

 当時、スタッフサービスはまだ発展途上の企業でした。先行する競合他社を追いかけている状況でしたが、人材派遣はそもそも差異化が難しい事業です。スタッフサービスは財務的な余裕がなく、スタッフへの支払給与を高くして人材を集めるという戦略はとれませんでした。「うちのスタッフは優秀です」とアピールしたかったところですが、客観的に見れば、先行する大手のほうがその分経験豊富で優秀なスタッフを抱えていました。

 そこでスタッフサービスは競合他社に勝つために、スピードを差異化要因として、「求人する企業には人材をすぐ紹介できる」「求職するスタッフには仕事をすぐ紹介できる」という強みを持ちたいと考えました。求人に対して2時間以内で人選を終えることを訴求する「2時間人選」というサービスを始めたのです。

“洗練された”システムに潜む落とし穴

 この時、私が求人と求職を結びつける情報システムを作ろうと思って声をかけたシステム会社は、なかなか狙いを分かってくれませんでした。提案書を出してくれた数社のシステム会社はみな、求人と求職の「ベストマッチング」を目指す、“洗練された”情報システムの絵を描いてきました。

 しかし、現実にはベストマッチングを追求すれば、スピードは犠牲になってしまいます。求人と求職の条件をベストマッチングさせる最適解を追求しようと思えば、2時間では済まず、数日はかかるかもしれません。

 ここは、視野を広げて、想像力を働かせる必要があります。「2時間人選」というスピードを追求しようとすれば、求人と求職を1対1で“最適”にマッチングさせる以外の方法を考える必要があります。具体的には、1つの求人案件に複数の候補者を割り当て、同時に1人の求職者に複数の求人案件を割り当てて、2時間の間に同時並行で連絡・調整を進めるという錯綜(さくそう)したマッチングをするほかありません。

 仮に情報システムがはじき出した“最適な求職者”に電話をかけて仕事の紹介をしようとしても、そもそも電話がつながらないことだってあります。その求人案件をすぐには気に入らないといったことも、現場では起きます。そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていきます。2時間以内に結論を出すにはどういう情報システムと業務プロセスが必要なのかという、本質的な問題を考え抜く必要があるのです。 専門用語から本質は見えない

 ユーザーが何かを言えば、即座に「それはSFA(セールス・フォース・オートメーション)ですね」「それはCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)でしょう」「クラウド・コンピューティングがはやりです」などと専門用語で相手を黙らせ、やりたいことを伝えると「金と時間がかかる」といった表情で相手の熱意に水をさし、イライラしてきたユーザーが「分かったから、これだけはやってくれ」と言うと、いかにも「自分は被害者だ」といった振る舞いで退場する。こんなダメな“システム屋”が、ひょっとしたらいるかもしれません。これでは、企業の差異化のために必要な情報システムを本質的に考えることなどできるはずがありません。

 一方で、本質的に問題を考え、ユーザーが何をしたいのか、何を狙っているのかを素直に受け止め、正しく理解し、面白い提案をしてくれる良い“システム屋”も確かに存在します。自分の持つあらゆる知識、あらゆる経験を総動員して想像してくれる人たちです。たとえ技術面、あるいは業務知識面で間違っている部分があったとしても、ユーザーにとって、その提案は大いに参考になります。

 ユーザーは、こうした想像力に長けた良い“システム屋”を見つけ出す必要があると私は思うのです。
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