2009-07-23

中国で始まった水事業の民間開放と日本企業

:::引用:::
中国の環境問題として水不足や水質汚染の深刻さがしばしば伝えられる。だが、中国政府は事態に目つぶっているわけではない。それどころか、水道事業や下水処理などの公共事業を民間に開放し、民間の資本と活力を生かした水問題の解決に動き出した。浄水や淡水化、下水処理などに関連した優れた技術を持つ日本企業は多い。中国の水問題解決をビジネスチャンスととらえる企業の登場が待たれる。
環境ビジネスとしての“水”

 ビジネスセミナーをいろいろと手掛けているD氏と環境ビジネスについて議論するなかで、「今、最もホットで、興味深い分野は?」と尋ねられた。思いついたのは“水”であった。

 さっそく、環境分野で活躍している友人のコンサルタントと私の2人が講演するセミナーを企画し、開催当日は30人近いビジネスマンに参加いただいた。

 もともと日本企業は水に関わる技術や製品、ノウハウを豊富に持つ。大河ドラマで話題となっている『天地人』で、原作者の火坂雅志氏は、越後の米がおいしいのは豊かで良質な雪解け水で育つからであると繰り返し強調する。

 確かにそうだ。日本海からの季節風が急峻なアルプスなどの山々にぶつかり、雪を降らせ、春になって融け出た清れつな水が一気に日本海へ流れ出る。こんなすばらしい川の水は世界でも稀である。自然に恵まれたおかげで日本人は水にこだわりを持つようになったのだろう。今回、セミナー参加者の反応から、中国において水ビジネスの展開の可能性を探る、日本の企業人たちの熱い思いが感じられた。

 私の講演テーマは「環境ビジネスから見た『水』」であった。

 いま、中国において環境ビジネスが台頭しつつある。その背景として、環境ビジネスが成立する経済、社会面での条件が整いつつあることが挙げられる。こうしたなかで、中国政府は環境、省エネ、省資源を推し進める政策を進化させているのである。水ビジネスのうち、下水という汚水処理については私の守備範囲である環境ビジネスの範疇に入るが、上水事業となると環境ビジネスだけではとらえきれない。

 そこで、水ビジネスの現状を、世界銀行がまとめた報告書や清華大学の専門家がまとめた書籍、さらに「中国水網」という専門のウェブサイトなどで、中国政府の政策の流れや最近の動きを調べ、報告した。

 担当省庁も環境ビジネスと水ビジネスでは異なってくる。環境ビジネスであれば、所管は主に国家環境保護部と国家発展改革委員会であるが、上水を含む水ビジネスは、水利部、国家環境保護部、建設部、衛生部にまたがる(編集部注:部は日本の官庁の省に当たる)。 民間による水事業が可能になった中国

 中国では、2002年の第16回党大会において、公有制を主体としながらも多種類の所有制を認める柔軟な姿勢を示し、同年末には建設部が都市インフラの産業市場化を進める意見を公表し、水ビジネスへの非国有企業の参入が解禁された。その後、水ビジネスなどの都市インフラ事業に民間企業や外国資本などの参入を認めるルールとして「特許経営管理弁法」(この場合の「特許」とは特別許可のこと)が2004年に公布された。つまり、民間企業が中国で水ビジネスを展開する環境が整ってきた。

 いわゆるPFI(民間資金を活用した社会資本整備)は、日本でも1999年の法施行以降、いくつかの試みがなされてきたが、10年経ったいまも広がりという点ではもうひとつと言える。これに対して、中国はこの手法を積極的に活用し、民間の活力を公共の施設整備やサービス提供に生かし始めている。水関連事業もその1つである。

 いま中国では、都市化の進展、水資源不足と水質悪化を背景とした水質改善への人々の欲求の高まり、水関連事業に関する投資需要の増大などを受けて、水ビジネスが1つの産業として発展し始めている。

 次に講演を行った友人は行政での職務経験があり、制度に明るく、また実地のビジネスにも従事した経験を持っている。このようなキャリアを生かして、中国における水ビジネスの現状から話を始め、資本参加の方法や実際の成功事例、失敗事例などを紹介した。

 例えば、外資系の膜メーカーが中国のプラントメーカーと組んで水道事業に参入して成功している事例もあれば、ある香港系企業は下水処理事業に参入したものの事故を起こしてしまったという例もある。中国での展開に限らないだろうが、水道や下水処理のような公共性の高い事業の運営で成功するには、やはり高い管理運営能力がカギを握ることになると言えるだろう。

 水関連事業はどの国ももともと公共事業であり、世界的にも最近になって市場経済化が始まった分野である。そのため、世界銀行ですらその報告書の中で、この分野における資産や売り上げ、コストに関わる信頼性のあるデータが乏しいと嘆いているくらいだ。にもかかわらず、彼は綿密にデータを収集、それも最新データを集めているのだからすごい。また、事業の成否に関する要因分析もしていたので、聞いている側にとって非常に有益だったに違いない。

 昼下がりの誰もが眠くなるような時間帯であったが、参加者のまなざしは、冒頭から終わりまで講師の顔と映し出されたスライド画像に集中していた。 日本企業の底力

 横道にそれるが、職務に支障がないという条件付きで、私はこうしたセミナーなどで、時には地方にもお邪魔して話をさせていただく。もちろん、1人でも多くの方に中国の状況を知っていただきたいし、関心を持っていただきたいと思ってのことである。多くの人に名前を知っていただくことは時として業務にもいいフィードバック効果があり、また、所属機関の意見や情報なども発信できるので、広報効果もある。

 しかしながら、こうした場はやはり何度経験しても緊張する。会場に来られる参加者のほとんどは初対面であり、こちらの話にどんな反応を示すのか、また、どんな質問をされるのか、考えれば考えるほど身もこわばる。その一方で、期待もあってゾクゾクしたりもする。講演のあとは名刺を交換しながら、バックグランドや問題意識などを教えていただくのが通例であるが、これがまたワクワクする話ばかり。インスピレーションの連続である。会場に足を運んでいただいた人々は皆、志を持ちながら、自らのビジネスの中国展開を考えているのである。

 今回のセミナーもワクワクの連続だった。

 最初の質問は「家庭とか病院、あるいは水道のインフラのない農村などで小規模な水ビジネスを展開するのはどうか」というものだった。話を聞いていてすぐに、質問者の企業にはそうした技術や製品を持っていることが直感として伝わってきた。

 この質問を聞いて思い起こしたのは、6年ほど前、ある企業がシリコンを含む汚泥処理で、リサイクルを推進するための規制緩和措置である再生利用認定制度の認定を受けた、その技術のことだった。認定を受けた企業は記者会見を開催し、私もその席にいた。知人の記者がいたので、「民間の創意と技術に対して与えられた再生利用認定制度の認定は初めてであり、快挙だ」と紹介したものだ。

 当時、再生利用認定制度の認定といえば、スーパー堤防建設のための建設汚泥とか鳥インフルエンザで処理に困った鶏の肉骨粉とか、行政のニーズを反映したものばかりだった。そのため、廃棄物処理法改正に向けて作成した経団連の意見書で、純粋に民間発の提案に対しても積極的に再生利用認定制度の認定を行うべきとの要望を出した。この意見書を受けて、環境省も乗り出してくれたという事情がある。

 シリコンと水を分離する装置は北関東に位置する事業場にあるということで、私はさっそく環境省の担当課長補佐2人を誘って視察した。

 施設は移動可能なようにバスに設置されていた。半導体の製造過程から排出されたシリコンを含有する水を装置に投入すると、水とシリコンが分離されて出てきたのである。技術のすばらしさは、水とシリコンの純度の高さにある。水は純水として製造工程で再利用でき、シリコンもほとんど純粋なものとして再利用可能だった。それまでは、コストをかけて水処理をして捨てるだけであったが、この技術のおかげで原材料として水もシリコンも再び使うことができるようになるのである。これには環境省の担当者も驚いていた。この技術の前には、汚泥はもはや廃棄物ではない。

 日本にはこれだけの技術があるのだ。こうした技術や製品を持ち込めば、中国の各地で、あるいはきれいな水を必要としている数多くの現場において相当な仕事ができる。 日本発の「水メジャー」は可能か

 もう1つの質問は、「フランス・ヴェオリア社のような水メジャーが日本にあれば、日中間のビジネスが大きく進展するはずだ。経団連が日本企業のまとめ役となり、中国に進出してはどうか」というものだった。この発言は日本で博士号を取得され、日本の大企業で活躍している中国人幹部の方からのものである。

 水ビジネスに関して日本のことを言えば、中国より市場化が遅れている。中国は曲がりなりにも水道事業や下水道事業を民間や外資に開放しようとしているが、日本では公営や地域独占が当たり前となっていて規制緩和は一向に進展していない。

 その結果、日本において水ビジネスを直接行っている企業は、外資系企業を含めてほとんどない。当然、水ビジネスの経験を持つ日本企業はごく限られてくる。海外でインフラ事業を行った経験のある商社や事業会社にはそれなりの知見もあるだろうが、本家本元の日本国内で仕事をしたことがないのでは、発注する中国の地方政府の立場からすれば、とても自分たちの事業を任せる気にはならないだろう。

 戦前の日本は、坂の上から転がり落ちる間に様々な負の遺産を海外に遺したが、国策の下、海外に骨をうずめる覚悟で経営者や幹部がこぞって推進した事業もある。そのなかには、日本の技術や経験、ノウハウを持ち込むだけでなく、日本では未経験の新しい事業にトライしたり、本国を上回る高度な技術を開発したりする例もあった。ただ、今日のビジネス環境を考えると、いきなり上下水道の運営のような未経験の事業を海外で展開するような冒険は、なかなか難しいのかもしれない…

 このような感想めいた話をしながら、私は「中国の水ビジネスもまだまだ本格的な市場化はこれからであり、日本企業としては先行する外資系企業の動きをフォローし、研究したうえで、自分たちの強みを発揮できる局面で本格参入すればいい。しかし、中国の動きは速いので、商機を逃さないよう常に研究していくべきだろう」と締めくくった。

 今の段階で慌てる必要はない。リテールで攻めるのもよし、設備や技術で攻めるのもいい。まずは、BOT(民間で施設の建設から運営までを担う PFIの形態)やTOT(国がつくった施設を借り受けて民間が運営を担うPFIの形態)などの形で参入した水関連企業の実態を把握し、どういう分野でどういう形なら自分たちのビジネスを優位に展開できるかを早急に検討することが大切だろう。セミナーで講演した友人ではないが、その気になれば調査は可能だ。

 中国の法制化の動き、市場化の動きは日本人の想像以上に速い。日本企業には、自分たちの武器が何かを自問しつつ、いつでも“参戦”できるように常に矛を磨いでおく必要がある。
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