オフショア開発をはじめるに当たっては外注管理的な視点にとどまり「なぜ日本の協力会社と同じようにできないのか」の問いに終始する現場の方が多いように思う。
そこに欠けている視点は、そもそもなぜ、オフショア先となる相手国の企業は日本向けの仕事をやりたいのか、ということである。それを知らなければ発 注先企業やその従業員のインセンティブを引き出すことは難しいだろう。背景知識としては相手国の人材市場や行政そして産業発展状況にについて知っておきた い。
以下ではこのような視点を踏まえ3冊、そしてソフトウェア工学の立場から1冊の書籍をそれぞれ紹介する。
細谷竜一
1997年、米University of Illinois at Urbana-Champaignコンピュータ科学科修士課程修了。1998年~2004年総合電機メーカーでのソフトウェア研究開発を経て、2005 年~2007年の三年間は大連にて中国最大手ソフトウェア企業Neusoft Groupに勤務。現在はオージス総研所属、同社のオフショア開発拠点である上海欧計斯軟件有限公司に勤務。UMLモデリング推進協議会(UMTP)国際 連携部会副主査。共著書に『Javaデザインパターンハンドブック』(発行: ソフトバンククリエイティブ)、『ソフトウェアパターン入門』(発行: ソフト・リサーチ・センター)など。マイコミジャーナルでは連載記事『受注側からみた日中オフショア開発成功のポイント』を執筆。
『チャイナ・インパクト』
『チャイナ・インパクト』(著者: 大前研一、発行: 講談社) |
今日の「ITO・BPOの大連」(※)のブランド化のきっかけを作ったのがこの本である。2002年に発行されるや否や、たくさんの日本人がこの本を携えて大連を訪れた。「大前氏がこの本で言っていることは本当なのか? 」――その答えを見つけるためである。
その後の大連の発展ぶりは衆目の認めるところであり、ITO・BPO専門の工業団地である「ソフトウェアパーク」という新しいビジネスモデルを成功 させた。このイノベーションがなぜ大連、そしてそれを包含する中国東北地方で起こったのか。そのヒントをこの本に見出すことができる。
※ ITO: IT outsourcing。オフショア開発はその一種である
BPO: business process outsourcing。コールセンターやデータ入力代行サービスがその代表例
『中国の産学連携』
『中国の産学連携』(著者: 関満博、発行: 新評論) |
中国のソフトウェア産業を特徴付けるもの、その一つは上記の通り「ソフトウェアパーク」モデルと、もう一つは産学連携である。中国のソフトウェア企 業の創業者には大学教授の身分を持っている者も多い。中国のソフトウェア産業そのものが、学から始まりそれを産に転換することで成り立っているといっても 過言ではなかろう。しかしその道は平坦ではなかった。大学は学と産の間で板ばさみにあい、「大学の人間が金儲けをしていいのか」――その問いに直面して産 みの苦しみを味わってさえいる。中国最大手ソフトウェア企業を生み出した中国東北大学関係者らの生々しい証言がこの本の中に貴重な記録として残されてい る。
ソフトウェアパークモデルと産学連携の密接な係わり合いも、この本を読むことでその過程が理解できるだろう。
『フラット化する世界』
『フラット化する世界(上)(下)』(著者: トーマス・フリードマン、翻訳: 伏見威蕃、発行: 日本経済新聞出版社) |
あまりに有名なので詳しいことは他所の書評に譲る。米印間のITO・BPOの発展の経緯がわかりやすく書かれている。私は特に「通信の価格破壊がイ ンドでのITO・BPOを可能にした」という指摘を読んだとき、眼からうろこの思いがした。そう、テクノロジーがなかったらオフショア開発は成立しない。 ということは、オフショア開発を成功させるためにはテクノロジーを積極的に活用して取引のコストをどんどん下げる必要がある。それもオープンなものほど発 注先のチョイスは広がる。
ソフトウェア開発においてフェース・ツー・フェースのコミュニケーションや「すり合わせ」の役割は大きいが、国内とそっくり同じやりかたではオフ ショア開発に適用できない。そこでテクノロジーの助けを借りて距離、文化、そして(場合によっては)時差の壁を乗り越えるのである。
なにも通信技術だけではない。ソフトウェア開発に特化したテクノロジーでも、ドキュメントの可読性を上げるUMLなどのモデリング技術や、ソース コードの品質を数値化するソースコードメトリクスツールなど、オフショア開発で顕著な効果を上げられるテクノロジーがたくさんある。私は、なんとなく「す り合わせ」で乗り切ってしまえる国内開発よりも、オフショア開発のほうが新しいアイデアを試し、実践する場として適していると思うこともしばしばである。 オフショア開発、そしてグローバリゼーションのわくわくする未来を感じさせてくれる本として、本書をお薦めしたい。
『初めて学ぶソフトウェアメトリクス』
『初めて学ぶソフトウェアメトリクス ~ プロジェクト見積もりのためのデータの導き方』(著者: ローレンス・H・パトナム/ウエア・マイヤーズ、翻訳: 山浦恒央、発行: 日経BP社) |
オフショア開発の1人月と国内開発の1人月はまるで意味合いが違う。まず、オフショアでは価格が低い。ただし1人月でできることも少ない。これは一 般に国内に比べオフショア開発に委託する開発期間が短く、コミュニケーションの効率が低いことからくるのだが、ともあれ、このトレードオフをどう料理する かがオフショア開発の一つのポイントとなる。
人月という土台は意外にもろいものだ。国内開発で培った「1人月でこれくらいのことができる」という勘はオフショアではそのまま通用しない。そのた めオフショア開発の工数見積もりに当たってはより一般化された枠組みの下で工数の妥当性を客観的に評価しなければならない。そこで科学的な見積もり手法の 導入となるわけである。
この手の手法ではバリー・ベームのCOCOMO(とその後継であるCOCOMO II)が有名だが、非常に複雑なものであり、自社や取引先の生産性パラメータを決定するには専門的な知識が必要となるため、とても手ごろとはいえない。
そこでお薦めしたいのが『初めて学ぶソフトウェアメトリクス』である。いわゆるパトナム・モデルといわれる生産性の計算モデルをどのように応用するかを解説した本である。
このモデルについては時代遅れだとか誤差が大きいとかいった批判があるものの、その手軽さ、数学的簡潔さは欠点を補って余りあるものと私は考えている。このモデルの特性を知って誤差の小さい部分でのみ利用すればさほど問題はないだろう。
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さて、私が紹介したものの中にオフショア開発そのものをテーマにした本がないことに読者は気づいたことだろう。残念ながら、オフショア開発の入門書といえばコレという決定打はない。
むしろ状況を俯瞰するには自らの実践に加えてインターネット上で公開されている報告書や国家の統計を読み漁ってほしい。手前味噌となるが私が参加し たリサーチ・プロジェクトの報告書に基本的な資料への参照や大規模なアンケート調査結果があるのでご自分のリサーチの出発点としていただければ幸いであ る。
『オフショア開発の潮流と業界構造の変化』(独立行政法人中小企業基盤整備機構)
『中小受託ソフトウェア企業の今後の展開』(同)
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