目的別の実例を挙げながら、転職における成功・失敗の要因を探る。皆さんの参考となる「道」を探してほしい。
転職の目的別に事例とポイントを紹介する本連載。今回のテーマは「自分の価値を高めたい」です。
「世間で通用するITエンジニアになりたい!」「いまの自分が得られる評価はどのくらいのものなのだろうか」「業界で通用する技術が身に付いているだろうか」。日ごろ転職希望者に相談を受けていると、このような思いを抱えている方が多いように思います。
今回は、「自分の価値を高めたい」と考え、異なるアプローチを取った2人のITエンジニアのケースを紹介し、価値の向上を目的とした転職を実現するためのポイントについてお話ししたいと思います。
■正直いって、もっとお金が欲しい
蒲田さん(仮名)は25歳のシステムエンジニア。大学では理工学部で建築学科を専攻していたものの、技術計算に用いていたプログラミング言語に興味を持っ たことをきっかけに、IT業界を中心に就職活動をしました。そして、創業から数年のパッケージベンダに入社。1年目はカスタマーサポート担当としてクライ アントからの問い合わせに対応、2年目からはアプリケーションの導入と保守を担当していました。この企業では初の新卒入社。まだ研修の体制も整っていない 組織で、自発的に行動し、技術スキルを身に付けて活躍していました。
入社して3年がたったころ、蒲田さんは転職を意識し、当社の人材紹介サービスに登録に来たのでした。
大田(筆者) 今回は、なぜ転職をしようと思ったのですか。
蒲田 市場価値を高めたいといいますか……、正直にいうと、将来的にもっと給料を上げたいと思っています。
話を聞くと、いまの企業はベンチャーであり、賃金テーブルや評価制度もあいまいで、上司を見ていてもこの先の大幅な給与アップは望めないとのことでした。
大田 蒲田さんの強みは何だと考えていますか。
蒲田 自社製品である人事パッケージを通じて身に付けた業務知識が強みだと思います。
大田 反対に弱みだと思われている部分はありますか。
蒲田 いままで身に付けたスキルが、どれも中途半端なものであるところです。カスタマーサポートとアプリケーション保守、簡単なプログラムの修正、短い期間です が営業を担当していたこともあります。同期がいないので比較ができませんが……。教育制度もないのでスキルは自己流になってしまっていると思います。もし 会社が倒産したら、外の世界でやっていけるか、正直いってとても不安です。
話を聞いたところ、蒲田さんの会社では、自社製品の開発工程や品質管理について、独自のあいまいな手法を取っていることが分かりました。小規模企業ではありがちですがドキュメントも整備されていないとのことでした。
■幅広い選択肢を視野に入れ、将来的な市場価値向上を
大田 将来的にどのようになりたいというイメージをお持ちですか。
蒲田 正直いって悩みますね。人事業務寄りのコンサルタントやプリセールスにも興味がありますし、プロジェクトマネージャなどのマネジメント業務に対するあこがれも強いです。
蒲田さんは最初、それまで身に付けた人事業務の知識を生かしたパッケージベンダのコンサルタント職やポストセールス職への転職に興味を持っていると話していました。しかし、より詳しく聞くと、人事システムの開発にこだわりがあるわけではないとのことでした。
そこで私は、この時点で専門性を求めるのではなく、5~10年後にコンサルタントやプロジェクトマネージャなど幅広い選択肢を得られるキャリアを積んだ方 がよいのではないかと提案しました。まだ若い蒲田さんにとって(25歳です)専門性を身に付けるための技術の下地をつくった方が、結果的に市場価値を高め ることにつながると思ったからです。
そこで蒲田さんは、教育体制や品質管理のノウハウがしっかりしている大手から中規模のシステムインテグレータを受けることにしました。
その結果、数社から内定通知をもらい、その中から経験を高く評価してくれた従業員800人規模のシステムインテグレータにリーダー候補として入社したので した。市場でも需要のある開発系エンジニアとしてしっかりとした基礎を学び、さまざまなキャリアが得られる道を選んだのです。
■市場でもっと評価されたい
山井さんは33歳で、業務系システム開発のプロジェクトリーダーです。私立大学の文学部を卒業後システムインテグレータに入社し、流通小売業界、製造業界のシステム開発に携わってきました。
プログラマからシステムエンジニアへ、そして4年前からマネジメント業務を任されるようになり、リーダー、プロジェクトマネージャと着実にキャリアを積ん できました。私が転職の相談を受けたときは、大手自動車メーカーのインターネット系営業支援システム開発のプロジェクトマネージャを務めていました。
大田 今回の転職の目的を教えてください。
山井 新しいことを身に付けて、市場からより高い評価を得たいと思っています。システム開発の分野では、すべての工程でしっかりとした経験を積んできたと自負しており、さらに上のステップを考えて転職活動を始めたのですが……。
山井さんは、携わっていた自動車メーカーのシステムが無事リリースされ、安定稼働を始めたことをきっかけに、転職活動をスタートしたとのことでした。「市場に評価されるITエンジニアになるためにはどうすればよいのか」。そう考えるようになっていたのです。
当初、選考は順調に進み、大手システムインテグレータを含めた2社からプロジェクトマネージャとして内定を獲得したそうです。給与など条件面も悪くなかっ たといいます。しかし「転職先として決め手に欠ける、いま一歩踏み出せない」と感じ、いったん内定を辞退して転職活動をやり直していました。
山井 大手に転職したからといって、プロジェクトマネージャとしての仕事が大きく変わるとも思えなかったんですよね。給与アップのみを理由に転職をするのも気が引けるんです。
大田 お勤めの会社と業務内容に大きな差異がないため、転職のメリットを感じられなかったのですね。
山井 現職でもこのままプロジェクトマネージャとして現場でのキャリアを積むことが可能ですし、本社でPMOなどのプロジェクト全体をサポートする部門に進むこともできるんです。だから内定を辞退しました。とはいえ現職に残っても何かしっくりこないといいますか……。
大田 マネジメントより技術を追究したいというお考えがあるのですか。
山井 いえ、決してそうではなく、マネジメントには興味があります。ただ自身がマネジメントした結果を、客観的に評価されたいといいますか……、自社の売り上げ に貢献できるような立場で働きたいと考えているのです。現職のマネージャでは、工数削減や開発の効率化においては一定の評価を得ていると思うのですが、仕 事としての面白みに欠けるんですよね。
■成長産業でプロジェクトマネージャのスキルを磨く
プロジェクトをしっかりとマネジメントすることによって、さらに新しい案件を受注するなど、山井さんが会社の売り上げに貢献しているということはすぐに分 かりました。しかし山井さんにとって、継続的にプロジェクトを受注することはやりがいにはつながらないとのことだったのです。
大田 システムインテグレータのビジネスモデルでは、いずれの企業でも山井さんが不満に思われている部分をクリアにすることは難しいかもしれませんね。完成品を 開発しているソフトウェアメーカーやインターネットビジネスの会社でしたら、自社への貢献度も見えやすいですし、これまでの経験を生かしつつ、新たな専門 知識を得られるのではないでしょうか。
山井 最近、よくインターネットで求人広告を見ます。インターネットビジネスには興味を持っています。
詳しく聞くと、自分と同年代の人が会社の経営層として頑張っている姿をブログで知ったり、早いスピードでサービスが進化していくのを目の当たりにしたりす るのは非常に刺激的であり、興味を引かれるとのことでした。「自分はこのまま置いていかれてしまうのではないか」と思ったりもしたそうです。
大田 インターネットビジネスに用いられるシステムは、ライフサイクルが短いことから、基幹系システムとは開発ノウハウが異なっていると思います。ですから、イ ンターネットビジネスでのプロジェクトマネージャというと求められる力も異なるでしょう。ただコア技術については、いま携わっておられる営業支援システム と近しいところはあるかと思いますし、工数の見積もりなどの経験は大いに生かせると思いますよ。
インターネット系自 社サービスの開発なら、企画の段階から携わることができます。またビジネスモデルにもよりますが、ページビュー数やユニークユーザー数などでダイレクトに 成果が分かるという点で、山井さんの目指すものに近いでしょう。成長産業であるインターネット系企業で山井さんが得るものは、システムインテグレータで経 験すること以上に大きな価値になるのではないでしょうか。私はそう山井さんにお話ししました。
一念発起した山井さんは、ECサイトを展開している会社やSNSを運営している会社など、数社に応募。見事、ポータルサイト運営会社の内定を獲得したのでした。
システムインテグレータのプロジェクトマネージャからポータルサイト運営会社のプロジェクトマネージャへ。山井さんは、ビジネスをより身近に意識したプロジェクトマネージャへとステップアップしたのです。
インターネットビジネスという成長産業で、プロジェクトマネージャとしての専門性を磨くことは、そのまま山井さんの市場価値を高めることにつながると思います。
■市場からのニーズを意識した転職
蒲田さん、山井さんの2人の事例から「自分の価値を高めたい」をテーマにお話ししました。蒲田さんは25歳という若さもあり、幅広いキャリアの選択肢が得 られるような技術、経験を積める企業への転職を決意されました。山井さんはITエンジニアとしての十分なキャリアを積んでいましたが、さらなる専門性、付 加価値のためにインターネット企業へと転職しました。
転職のプロセスや転職先は異なるものの、2人が成功したポイントは共通しています。それは、今後進む分野が業界として需要があるかどうか、成長分野であるかどうかを重視していたことです。いわば、市場からのニーズを意識した転職だったのです。
終身雇用制が崩壊し、会社自体も淘汰(とうた)されることが多いIT業界。「いままで身に付けたスキルは通用するのか? 」と、常に外に目を向けてご自身の市場価値を確認しておくことは、キャリアアップを図るうえで非常に大事なことだと思います。
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