2008-08-01

人手不足の介護現場に救世主か? インドネシア人受け入れの「期待と不安」

:::引用:::
「お年寄りのお世話をしていただくため、受け入れを決めました。でも初めての外国人だし、正直言って私たちもかなり不安なんですよ」

 こう切り出すのは、ある福祉施設に勤務する女性職員。同施設では協議の末、インドネシア人介護福祉士候補者の研修を受け入れることになった。

 インドネシアから、日本で働く看護師・介護福祉士の候補者の第1陣が8月7日に来日する。これは昨夏、日本とインドネシア両政府が看護・介護分野 の労働者受け入れを含む経済連携協定(EPA)に署名したことに基づいている。これまでも民間団体などがフィリピン人などを受け入れた例はあるものの、こ の分野で日本政府が本格的に外国人を受け入れるのは、初めてのことだ。

 受け入れは、今年と来年の2年間。看護師400人、介護福祉士600人の予定だが、応募期間が短くインドネシア国内での広報が行き渡らなかったこ ともあり、初年度は計約300人に留まった。彼らは来日後6ヵ月間、日本語や日本人の風呂の使い方などの生活習慣を学び、年明けには受け入れを表明した病 院や施設内で実務研修を積む。看護師は3年以内、介護福祉士は4年以内に日本の国家試験合格を目指し、試験をクリアすれば、正式に就労が認められる。

 とはいえ、正式就労へのハードルはかなり高い。看護師は滞日期間中、最大3回まで試験を受けられるが、介護福祉士は3年間の実務経験が条件で試験 は1回だけ。合格した場合のみ、そのまま日本で無期限就労することが認められ、「不合格なら帰国」という流れだ。実際、初めて日本を訪れるインドネシア人 にとって、働きながら3~4年で日本の国家試験にパスするという条件はかなり厳しいだろう。

「国家試験合格」は高い壁
介護現場の担い手になれるか?

 しかし、現場の関係者にとっては、「1人でも多く合格してもらいたい」というのがホンネだ。高齢化が進む一方の日本では、介護現場の人手不足が深刻になっている。

 なにしろ、介護労働安定センターによれば、2007年の介護職の離職率は前年比1.3ポイント悪化して21.6%にも上っている。特に、現場の主 戦力となる若者の離職率が高い。今回の受け入れが成功すれば、人手不足解消の切り札となるかもしれないし、今後は他国からの受け入れに弾みがつく可能性も ある。

 インドネシアにとっても、将来フィリピンのような人材輸出につながるメリットがある。インドネシアは介護士を香港や台湾などに100万人以上も派 遣しており、それが外貨獲得のひとつの手段となっているからだ。日本で働くことができれば、彼らは平均的な看護師の月収200ルピア(約2万3000円) より1ケタ近く多い給料を手にできるのだ。しかし、今回の受け入れ開始を手放しに喜んでばかりもいられない。実際、関係者の間には、冒頭のような不安の声も多いのだ。

 その1つは文化の違いだ。東南アジアで現地の人々に日本語を教えた経験がある日本語教師は、こう語る。「生活習慣の違う日本に慣れるだけでも大 変。病院や施設で働くのに必要な語彙を半年でマスターできるかも疑問だ。現場で経験を積むといっても、相手は病人や介護を必要とする人なので、予想以上に 大変なのでは」

 同教師によると、インドネシアなどでは時間に対する感覚が日本とかなり違い「午後2時集合といっても4時か5時にやってくる」のは当たり前。ま た、敬虔なイスラム教徒が多いため、1日5回の「お祈り」の時間が必要だ。日中は水も食事もとらないラマダーン(断食月)があり、豚肉は食べないなど、食 生活も日本人とは異なる。

 さらに、インドネシアでは介護施設そのものがほとんど存在しない。場合によっては、言葉や文化の問題以上に、「介護や医療に対するイメージや常識」を変えることのほうが大変そうだ。

 実務の対応はすべて各施設に丸投げされている上、施設側は日本語研修機関などへ100万円以上の費用を支払う規定になっている。こうした“ネック”があるため、たとえ人手不足であっても、候補者の受け入れを断った施設も少なくないという。

現場に一任される外国人の管理
人材供給や定着率に不安も

 人材の供給や定着率に関わる不安も大きい。「インドネシア人はおおむね純朴で優しいと聞く。よい働き手になってくれると期待したいが、日本の高度な医療を学んでお金を貯めたら、3~4年でさっさと帰ってしまうのでは」(冒頭の施設職員)。

 今回のEPAには、インドネシア側の看護師協会など一部の組織が反対しているとも言われ、それで応募者数が少なかったという情報もある。かつて フィリピンが米国に看護師を派遣し、国内の医療現場で空洞化が起きた前例があるからだ。今後も応募者が増えなければ、現場の人手不足はなくならない。

 こうした不安をよそに、厚生労働省は「今回は協定に基づく特別な措置」としており、これを機に制度化していく見通しをまだ描けていない。

 少子高齢化の一途を辿る日本にとって、今や介護・医療現場への外国人受け入れはまったなしの課題。近い将来、「下の世話」を外国人に頼らなければ ならない時代が来るだろう。コストをかけてインドネシア人を受け入れても、果たしてそれを存分に活用できるのか? 単なるお客様向けの「研修」で終わって しまっては、もともこもない。


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