2007年末頃に始まったとみられる今回の景気後退は当初、それほど深いものにはならないとの見方が一般的だった。その根拠となっていたのは、バブル崩壊 以降、日本経済が長期にわたり苦しんできた、債務、雇用、設備の過剰問題が解消されていることであったが、ここにきてその前提は崩れつつある。
高まる雇用、設備の過剰感
日銀が10月1日に発表した9月の企業短期経済観測調査(短観)では、全規模・全産業ベースの生産・営業設備判断DI(「過剰」という回答割合か ら「不足」を差し引いた数値)が前回調査から1ポイント上昇してプラス3、雇用人員判断DIが3ポイント上昇してマイナス2となった(図表1参照)。雇用 人員判断は引き続き不足超となっており、団塊世代の大量退職や若年労働力の減少などを背景に、企業の人手不足感が根強いことを示している。しかし、人手不 足感が最も強かった07年3月調査のマイナス12に比べると、不足超過幅は10ポイント縮小している。
バブル崩壊後の日本経済は、景気回復期においても過剰問題が残存していたため、いったん景気が後退に向かった場合の調整は非常に厳しいものとなっ た。当時に比べると、今回は景気後退局面入りした時点では過剰感がほとんどなかったため、過剰問題を起点とした調整圧力が限定的であることは確かだろう。
しかし、それ以前を振り返ってみれば、景気後退局面入りした時点では雇用、設備ともにそれほど過剰感がなかったものの、その後の需要減退に伴い過剰感が急速に高まることが多かった点には留意が必要だ。
予測の下振れが意味するもの
最近の需要動向を、日銀短観の需給判断DI(「需要超過」-「供給超過」)で見てみると、国内需要、海外需要ともに3期連続で悪化するなど、弱含 みの動きが続いているが、6月調査まではDIの悪化幅が前回調査時点の企業の予測の範囲内にとどまっていた。しかし、9月調査では国内、海外ともに企業の 予測を実績が大きく下回った。これは、足元の需要の落ち込みが企業の想定以上のペースで進んでいることを示したものと言える。
需給判断DIの予測から実績への乖離(かいり)と雇用、設備の過剰感を比較すると、実績が予測から下振れるようになると、過剰感が高まる傾向があ る(図表2参照)。現時点では過剰感の水準は比較的低いものの、想定以上の需要減退が続けば過剰問題の再燃につながるリスクも否定できないだろう。
予測の下振れという点では、「ESPフォーキャスト調査」の最近の動きも興味深い。同調査は、内閣府の外郭団体である経済企画協会が約40人の民 間エコノミストによる国内総生産(GDP)成長率や消費者物価などの予測値を毎月集計しているものだが、実質GDP成長率の予測値は、2008年度が5カ 月連続、2009年度が9カ月連続で下方修正されている(図表3参照)。同調査は04年4月開始と比較的歴史が浅いため、景気循環と予測値の修正方向との 間に強い関係があるとは言いきれないが、予測値の下方修正が続いていることは、最近の経済情勢の悪化が民間のエコノミストの予想を上回るペースで進んでい ることを反映したものと言えるだろう。
今後、調整スピードが加速する可能性も
現時点では、今回の景気後退局面における調整は過去の後退局面に比べると深いものとはなっていない。景気変動の大きさ(量感)を定量的に把握する ことができる景気動向指数(CI)一致指数を用いて、過去の景気後退局面における調整の深さ(調整スピード×調整期間)を見てみると、バブル崩壊時 (1991年2月~)は調整スピードが速かったことに加え、調整期間も長かったため、CI一致指数の水準はピークから20%以上低下した。バブル崩壊後の 2度の後退局面(97年5月~と00年11月~)では、調整期間はそれほど長くなかったものの、調整のスピードが速かったため、深さはいずれも10%を超 えるものとなった(図表4参照)。
これに対し、今回の景気後退は現時点(08年8月まで)では、調整スピードは年率換算で5%台と比較的緩やかにとどまっており、CI一致指数のピークからの低下幅もそれほど大きなものとはなっていない。
しかし、米国発の金融危機の影響が世界経済に波及することにより、日本の実体経済の悪化が本格化するのはむしろこれからだろう。今後、一気に調整のスピードが加速するリスクは高まっていると考えられる。
先行きの景気後退の深さを見通す上では、ここで見たように、需要の落ち込みが企業の想定以上のペースで進むかどうか、経済予測の下方修正がいつまで続くか、などが注目材料だろう。
斎藤太郎(さいとう・たろう)
GDP速報の事前推計など、基礎データを丹念に積み上げて公表統計の「一歩先」を探る分析が持ち味。日本生命保険を経て、96年からニッセイ基礎研究所。2008年4月から現職。1967年生まれ、千葉県出身。
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