2008-11-05

産業空洞化したら今度は何で食べていくのか

:::引用:::

日本は世界で30位の国

「835万人」―これが何の数字か、お分かりになるだろうか。東京23区の人口(2008年7月現在)にも匹敵するこの数字は、実は2007年に日 本を訪れた外国人の人数なのである。そしてこの人数は、2010年には1000万人を突破すると予測されており、さらに日本政府は2020年に2000万 人、という目標を新たに掲げている。この数字だけ見ていると、非常に多いように見えるが、世界から見ると実はそれほどでもないのだ。

 観光先進国と言われるフランスを訪れた外国人の人数は、同年で約8190万人(フランス観光庁発表)。もちろん世界第1位であるが、その数は日本 の約10倍、実にフランスの総人口の1.3倍にも当たる。彼我の差はどこにあるのだろうか。陸続きか、海を越えねばならないか、の差はあったとしても、世 界中の旅行者の半数が航空機を使って移動していることを考えると、10倍もの開きには説明がつかない。確かに、フランスには日本の2倍の世界遺産がある が、世界遺産が日本の半分しかないスイスにも、外国人観光客数で日本は負けているのだ。UNWTO(世界観光機関)の2006年「旅行目的地世界上位40 カ国」によれば、日本は、タイや香港、マカオ、シンガポールといったアジア勢よりも下位の30位となっている。

外貨獲得。それっていったいどこの国の話?

 少子高齢化に歯止めがかからない中、日本の総人口は2004年をピークに減少し始めているが、実は騒がれている割に総人口減少は緩やかである。こ れは総務省発表の将来人口推計でも確認できる。では、なぜこのように騒がれているのだろうか。それは、日本経済の将来を左右する労働人口が総人口よりも急 速に減少するためである。

 先述の将来人口推計を基に試算すると、10年後の労働人口(20~60歳の男女)は全人口の半分を割り込むと推測される。現在、この年代に属する 男女は総人口の55%強存在するが、それがわずか10年で5%強、人口にすると600万人弱が、労働市場から消えることになるのだ。労働人口は、消費人口 の多くを占める。この事実が、様々な産業の成長を阻害する大きな要因となるということは、あえて言うまでもないだろう。

 そんな中、数年前から観光立国に向けた動きが始まっている。「観光で外貨獲得」というのは、発展途上国だけの話ではない。日本にとっても切実な問 題となっているのだ。2007年には観光立国推進基本法が施行され、小泉純一郎内閣によるビジット・ジャパン・キャンペーン、安倍晋三内閣がブチ上げたア ジア・ゲートウェイ構想と続き、さらに今年前半には観光圏整備法、歴史まちづくり法施行が閣議決定され、10月1日には観光庁も発足した。

 一見、観光だけと捉えられがちな訪日外国人誘致だが、実はその影響は観光にとどまらない。観光および観光客がもたらす経済効果は、政府試算によれ ば1000万人で、GDP(国内総生産)の1%にあたる5兆円にも上る。例えば、アジアを中心とした訪日外国人に人気の高いバーバリーのブルーレーベル は、国内の百貨店やメーカーの売り上げ拡大に一役買っている。

 しかし、影響はこれだけではない。この売り上げ拡大は、その生地を織っている岐阜の織機企業や、そこに糸を卸している長野の企業の売り上げにも大きな影響を与えている。西陣織の衰退によってあえいでいた織機企業にとっては、まさに「救いの神」なのである。

 人口減少によって、そもそもの購買人口が減少していく日本にとって、このような経済効果をもたらす訪日外国人は、とても魅力的だ。しかし、こう いった観光客に魅力を感じるのは、当然のことながら日本ばかりではない。16億人弱もの人々が世界を交流すると予測されている2020年、日本の掲げた訪 日外国人数は2000万人と全体のわずか1.25%である。すでに予測されている2010年の1000万人では世界の観光客到着者数の1%にも及んでいな い。それでもなお、日本は各国を相手に戦わなければならないのである。

日本人の海外旅行成長の陰にあったもの

 訪日外国人誘致の歴史は古く、すでに1893(明治26)年には外客誘致を目的とした「喜賓会」が設立されている。お隣の国、中国の故毛沢東国家 主席が誕生した年である。その19年後の1912年にはジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTB)が設立されたが、観光目的での海外旅行が解禁さ れたのは、さらに50年以上経った1964年。しかし、先行していたはずの訪日外国人数と日本人海外旅行者数は、大阪万博が開催された1970年に逆転。 海外旅行解禁からわずか6年での逆転劇であった。そして、2007年には訪日外国人835万人に対し、海外旅行者は1730万人と2倍以上にも差が広がっ ている。

 海外旅行は、異なる文化や自然などに触れたり、国内では楽しめないスポーツなどを満喫したり、果ては、自分探しに至るまで、価値ある余暇の過ごし 方の1つである。この海外旅行の急拡大に旅行代理店の果たした役割は大きい。寒さが厳しい冬のパリ観光に「あなたのパリ」と銘打ったツアーを造成して、多 くの日本人を送り込んだのも、多様化する観光ニーズに対応したツアーを多く造成してきたのも旅行代理店である。

 そして、バスタブの外で体を洗いホテルの部屋を水浸しにしたり、ビデの水を覗き込んで顔に浴びたり、浴衣姿で廊下を歩き回ったり、と数々の失敗を 繰り広げてきた日本人観光客が「世界のベスト・ツーリスト」(エクスペディア発表)に選ばれるまでになった背景の1つにも、旅行代理店の存在がある。

 しかし旅行代理店も独立した企業であり、当然のことながら資金や人材など資源に限りがある。それゆえに、海外旅行躍進の陰で、訪日外国人対応の優 先順位が下がったのも仕方ないことだったのかもしれない。事実、売り上げ上位50社の旅行代理店において、訪日外国人を顧客とする部門は海外旅行のそれと 比較すると極めて小さく、売り上げにおいても全体の1%前後しかないのが現状である。

インバウンドを考える

 旅行関係者の間で、海外旅行は「アウトバウンド」、訪日観光は「インバウンド」と呼ばれている。しかし、「インバウンド」は旅行だけではない。留 学、就労、移住、と海外から日本に人が流入する現象は、すべてインバウンドだ。インドネシアで看護師志望者を募った、という報道があったが、これもインバ ウンドの1つである。

 しかし、残念ながら、日本はインバウンドに関して後進国と言わざるを得ない。世界の観光客到着数に占める割合を見ても、それは明白だ。最近急激に 増えた中国人の海外旅行先として、隣国であるにもかかわらず日本は3.5%のシェアしか獲得できていない。ビジット・ジャパン・キャンペーンによって、そ の数は確実に増えてきてはいるが、日本の人口減少による経済的影響を補完するには、はるか遠いのが現実である。

 だからと言って、数の増減だけに一喜一憂するのも考え物だ。数は確かに必要ではあるが、一方、個々の訪日外国人がどれほどの外貨を落とすか、という点も非常に重要なのである。当たり前のことだが、客数×客単価によって売り上げは決まる。今、国も自治体も目標として置いているのは「客数」であり、彼らがどれほどの外貨を落 とすか、ということは目標にされていない。一方、実際に訪日外国人を受け入れる宿泊施設や流通店舗などから見れば、「客単価」は客数と同様、あるいはそれ 以上に重視すべき指標である。全体でいくら、という話をするのではなく、個々の顧客が何にいくらを費やしているのか、それをどうやって増やしていくのか、 ということを、数を増やすことと同時に真剣に考えていかなければならない。これを忘れて数だけを追っていると、「労多くして実り少ない」結果になること は、想像に難くないのだ。

 大きな時代のうねりの中で、すでに、様々な業界のプレーヤーたちが、インバウンドに取り組み始めている。しかしそれは、大きな動きにはまだなり得 ていない。「点」もしくは「極端に短い線」でしかなく、「面」に至っていないのである。日本の未来を考える時、このような状況に危機感を感じるのは、私た ちだけではないはずだ。

 この連載を通じて、私たちは皆様と一緒に、今後の日本に大きな影響を与えるインバウンドを考えていきたい。観光だけでなく、購買や飲食、娯楽と いった周辺産業、地域おこしなど様々な事例紹介なども交えながら、事業再生・再成長に取り組んできた私たちの視点で課題を明らかにし、可能な限り解決の方 向性も指し示すことを目標にしている。まだまだ「対岸の話」のように思われているインバウンドが、読者の皆様にとって「将来に向けた価値ある打ち手の1 つ」になれば幸いである。


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