年金、医療、介護制度への国民の関心が高まっている。先月末、政府の「社会保障国民会議」も始動した。厳しい財政事情を理由に国民の負担が増える 一方で、年金記録漏れ、医師不足、コムスン問題が表面化し、信頼回復の処方せんも問われている。安心して暮らせる道筋をどう描いていくのか。当面の課題に 焦点をあててみた。(社会保障部 石崎浩、阿部文彦、内田健司、小山孝、大津和夫が担当しました)
年金…記録漏れ解消 作業難航
「財源に税方式」議論注目
過去の加入記録を通知する「ねんきん特別便」の発送が昨年12月に始まり、問い合わせが殺到した専用ダイヤルのコールセンター(東京・品川区で)
「3月までに、きちんと名寄せをする」。舛添厚生労働相は国会答弁や記者会見で、こう繰り返してきた。公的年金に関しては、社会保険庁による記録漏れ問題の処理がどこまで進むかが、当面の焦点となる。
「名寄せ」とは、該当者がわからなくなっている約5000万件の年金記録について、コンピューター上で持ち主を探し、該当者と思われる人に「ねん きん特別便」を送って確認を求める作業のこと。この作業が難航している上に、4月以降、引き続き持ち主探しを続けても、最終的に特定できない記録がかなり 残る可能性が強まっている。
社保庁が昨年12月に公表した推計によると、約5000万件のうち1975万件(38・8%)は、名寄せ作業だけでは持ち主の特定が困難な状態。 この中でも、入力ミスなどが原因の945万件(18・5%)は、紙に手書きされた元の記録と照合しても、最終的に持ち主を確定できない可能性が高い。「最 後の一人まで探し出す」という公約は、実現が不可能な状況だ。
昨年7月の参院選では、政府・与党の幹部などから「3月末までに問題を解決する」とも受け取れる発言が相次いだ。もし、3月末時点で持ち主の見当がつかない記録が大量に残れば、政府・与党は国民の批判にさらされそうだ。
国庫負担割合
一方、政府は基礎年金の国庫負担割合(現行約3分の1)について、2009年度までに2分の1への引き上げを予定している。今年は、その実現に道筋がつくかどうかが注目される。
実現のためには、新たに年約2・3兆円の税財源を安定的に確保する必要がある。厳しい財政事情では、1%当たり約2・5兆円の税収を見込める消費 税の税率引き上げ以外、有力な財源は見当たらない。だが、政府・与党は消費税率引き上げの具体的な議論を避け続けており、財源確保のめどが立たない状況 だ。
年末までに行われる09年度税制改正に向けた議論で、税率引き上げがどこまで具体化するかが今後の焦点。早期の税率引き上げができない場合、政府・与党は2分の1実現を先送りするか、赤字国債で当面の財源をまかなうかなど、厳しい判断を迫られそうだ。
衆院選で争点か
年金制度の抜本改革に関しては、基礎年金の財源をどう改革するかが議論の中心になりそうだ。
政府・与党は、保険料を徴収してまかなう「社会保険方式」を今後も維持する方針を掲げている。だが、国内の出生率は今後、04年の前回改革時点で の想定より低下する見通しとなっており、制度の支え手不足が一層深刻になる可能性が高い。国民年金保険料の納付率も66・3%(06年度)と低迷し、制度 を改革する必要性が強まっている。
一方、民主党は基礎年金を全額税でまかなう「最低保障年金」に組み替えることなどを柱とする改革案を掲げている。早ければ年内にも行われる次期衆院選で、年金改革がまた争点となる可能性がある。
医療…75歳以上に新制度 保険料は個人負担
高齢者医療の充実には、在宅医療の推進が欠かせない(都内で)
厳しい財政事情の中で、高齢化などで増え続ける医療費をいかに適正化していくのか。医師不足に象徴される“医療崩壊”をどう食い止めるのか。その対策に注目が集まる。
後期高齢者医療制度は4月にスタートする。75歳以上の高齢者と65~74歳の寝たきりの人など約1300万人が対象だ。その約8割は現在、市町 村の国民健康保険に加入して、保険料も世帯単位で徴収されているが、新制度では介護保険料と同様に、加入者全員が個人単位で支払う。
サラリーマンらの被扶養者に限り、当初、半年の保険料支払いを免除するなどの特別措置が決まったが、国保世帯の高齢者は全員が保険料を支払う。現 在の保険料と比べて増える人もいる。支払時期の開始も原則は4月だが、市町村によっては異なるケースもある。分かりやすい周知が課題となる。
また新制度は、国民皆保険が始まって以来初めて、都道府県単位で運営され、全市町村が参加した各都道府県広域連合が、保険料を決めるなど財政責任 を負う。医療費の高低が、保険料に直結するだけに、今後、自治体による医療費抑制の取り組みが活発化しそうだ。具体的にどのように健康管理への自覚を促す かも注目される。
新制度に合わせ、厚労省が4月から導入する新たな診療報酬体系がどう定着していくかも注目点だ。狙いは医療と介護の連携を強め、入院期間中の治療にとどまらず、退院後に高齢者が在宅でどう暮らしていくか、生活支援まで目配りできる地域システムの構築だ。
医師不足対策
病院の勤務医不足、産科・小児科医の偏在などに対応するため、政府は、医療機関に支払う診療報酬のうち、医師の技術料にあたる「本体部分」につい て、来年度の改定で0・38%引き上げることを決めた。本体部分の引き上げは2000年度以来8年ぶり。薬価を1・2%引き下げるため、全体の改定率は 0・82%のマイナス。
焦点だった診療所の再診料については、日本医師会や与党の反対で、厚労省が先月30日、引き下げを断念した。今月中旬には診療報酬の細部が決まるが、勤務医不足の緩和をどう実現するのかが問われそうだ。
このほかにも医療分野には「療養病床の再編」など課題は多い。だが背景にある財政事情の厳しさは変わらない。政策研究大学院大学の島崎謙治教授は 「国民の負担増へのアレルギーは強いが、医療の質を高めるためには一定の財源は必要だ。医療機関の機能分化と集約化も避けて通れない。『いつでも、どこで も、だれでも』受けられる日本の医療の特徴のうち、『いつでも』『どこでも』は多少制約しても、質の向上を優先すべきではないか。日本の医療の何を守り、 何を改めるのか。国民的な論議が必要だ」と話す。
介護…報酬改定作業 秋に本格化
開設時に職員数を偽って申請し、事業撤退に至った昨年のコムスン問題は、介護分野の人手不足や介護報酬の低さなど、構造的な問題を浮き彫りにした。それだけに、今秋本格化する09年度からの介護報酬改定作業の行方が注目される。
「この賃金では生活できない」。昨年12月、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」が主催した介護人材確保についての緊急集会でも、介護関係者らが低賃金や人手不足の現状を訴えた。
介護保険は平成不況の00年に始まったこともあり、厳しい労働条件にもかかわらず人手不足が社会問題化することはなかった。だが、景気回復に伴い人材流出が制度運営に影を落とす。
厚生労働省によると、06年の介護職の有効求人倍率は全職種平均(1・02倍)を上回る1・74倍(パート含む)。5割を超える事業所が人手不足と感じている。「報酬が低く十分な賃金が支払えない」とする事業所が多い。
介護報酬の見直しについて、みずほ証券の渡辺英克シニアアナリストは、「訪問介護業界は総崩れ。ビジネスとしてやれる状態ではない。訪問系の報酬を上げるべきだ」と語る。
これに対し、厚労省は報酬アップ論には慎重姿勢だ。昨年12月、社会保障審議会介護給付費分科会の研究チームがまとめた報告書では、「報酬の水準 のみでは問題の解決にはつながらない」と強調。〈1〉従業員のキャリアアップにつながる取り組みの評価方法〈2〉書類作成の負担軽減〈3〉望ましい人件費 配分のあり方――など労働環境の改善を含む幅広い課題をあげた。同省では、こうした問題にも取り組む。
報酬見直しに合わせて市町村では今年、09年度からの介護保険料の改定作業に取りかかる。報酬アップは介護保険料の上昇につながるが、平均月額 4090円という現行の保険料水準でも「高すぎる」という指摘は多い。龍谷大学の池田省三教授は「後期高齢者医療制度の保険料徴収も始まるため、市町村は 介護保険料アップには慎重になるだろう。事業者側も保険外の独自サービスに取り組むなど、介護報酬だけに頼る経営を見直すことが必要だろう」と話してい る。
雇用…派遣労働の行方
働く貧困層が問題となるなか、最大の焦点は、事前に派遣会社に登録し、派遣先が決まった時だけ働く「登録型派遣」を認めてきた派遣労働法の改正論議だ。
労働側は、登録型派遣を「不安定な働き方だ」として原則禁止を主張。「一時的な対応要員は必要」と維持を求める経営側と対立している。ただ、登録 型派遣のうち1日単位で働く「日雇い派遣」について厚労省は派遣元と派遣先に、就業場所を巡回して契約通り働いているかどうか確認することを求めるなど、 規制を強化する方針だ。
厚労省は近く、登録型派遣のあり方について、09年の同法改正案の提案を目指し、有識者による研究会で論点を詰める方針だ。
残業代の割増率を定めた労働基準法の改正案の行方も注目点だ。改正案は、労働時間が月80時間を超えた際の賃金の割増率(平日)を現行の25%から50%に引き上げる――という内容で、長時間労働の削減が目的だ。
政府は昨年3月に国会に提案したが、民主党は月80時間以内でも50%とするよう求めており、調整がついていない。
障害者…自立支援法見直し 年内に検討を開始
連立政権合意に「障害者自立支援法の抜本的見直し」が盛り込まれ、与党は昨年12月、同法の見直し案をまとめた。低所得者を中心に08年度まで時 限的に実施しているサービス利用料の負担軽減措置について、さらに負担額を引き下げ、09年度以降もこの措置を延長する。来年度予算案に70億円が計上さ れた。
06年度に施行された同法は、施行後3年をめどに見直す規定があり、年内に検討作業が始まる。与党の見直し案でも障害者の住宅確保や所得保障、厳しい福祉人材の確保などが挙げられており、こうした課題が議論される予定だ。
少子化…男性の育休取得
少子化対策を巡って、厚労省は今年、次世代育成支援対策推進法の改正案を国会に提案する。同法は301人以上の企業を対象に、男性の育休取得促進 策など、仕事と家庭の両立支援を進めるための計画の策定を義務づけている。300人以下の企業も適用範囲とすることなどが柱だ。
また厚労省は、育児休業法改正案を09年の国会で提案することを目指し、今夏にも有識者による研究会報告をまとめる。子を持つ労働者の短時間勤務の義務化や子どもの看護休暇制度の拡充などが検討課題だ。
慶大の樋口美雄教授は、「人口が減少するなか、労働力の質を高める環境整備が必要だ。子を産み育てやすい社会にもつながる。政府は、産業振興も含め、総合的な戦略を立てたうえで、個別の法律の見直しを進めるべきだ」と話している。