◆残業続きの正社員。低収入の派遣社員。「結婚考えられない」
◇家族欲しいが…出会いの機会すらなく
「終電に間に合うとうれしい」
東京都内のIT関連会社で、システムエンジニア(SE)として働く康夫さん(30)=仮名。2月に新しいプロジェクトの担当になってから、残業で深夜帰りが続く。終電は午前0時10分発だ。
疲労がたまり、休日も昼過ぎでないと起きられない。土日が休みなら、1日は外に出るようにしている。でないと、仕事のためだけに生きているような気がしてくるからだ。
SEは長時間労働など、労働条件が厳しいことで知られる。「きつい、帰れない、給料が安い」の「3K」に加え、最近は「結婚できない、休暇がとれない、規則が厳しい、化粧がのらない」の「7K」もいわれるという。
「どんなに忙しくても、自分の時間を作っている人もいる。でも僕は器用じゃない」と康夫さん。
午後8~9時に退社できた2年前は、付き合っている彼女もいた。しかし、結婚をリアルに考えることができず別れてしまった。
街中で、小さい子ども連れの家族を見かけると、最近は「いいな」と思う。学生時代の友人たちも、6、7割は結婚した。
同じ職場の既婚者には「結婚するなら、同じ業界がいいぞ」とアドバイスされる。他業界の人では、なぜ毎晩遅いのか理解されない、というのだ。
「結婚したくないわけじゃない。でも今は仕事が優先。今のプロジェクトは、年内いっぱいでめどが立つはず。結婚はそれから考えます」。残業続きの生活が変わらない限り、結婚に向けて動き出せそうにない。
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格差社会の中で、パートや派遣社員たちも、結婚に現実味が持てないでいる。
「派遣社員の大半は年収200万円前後。1人分の生活費でやっと。人生設計や結婚なんて、とても考えられない」
製造業の派遣社員らを支援する組合、ガテン系連帯の共同代表、池田一慶さん(29)は子どもが大好きで、家族ができたらいいなという思いはあった。でも、自動車の製造現場で働き、異性がほとんどいない工場と寮を往復するだけの生活では出会いの機会さえなかった、という。
「不安定でも、相手がそれでいいと言ってくれるなら結婚すると思う。収入と結婚は、自分の中では別の問題だ」と話すのは豊さん(38)=仮名。現在は、失業中だ。
埼玉県内の自動車関連会社で、派遣社員をしていたが、8月末で切られた。夏休みも取らず、1日11時間、必死で働いてきたすえの「解雇」だ。
豊さんは「妻の収入が上でも自分は負い目を感じない」と言う。しかし、女性が男性に求めるのは「経済力」で昔も今も変わらない、とも感じる。
「男女平等といいながら、男は経済力で判断されるなら、自分にとって厳しい」。豊さんは苦笑いした。【山崎友記子】=次回は29日掲載
◇労働時間の長さ、二極化
総務省などの調査によると、労働時間は減少傾向にあるが、最近は、長い人と短い人との二極化が進んでいる=グラフ参照。
特に男性は、20~29歳の層などで週35時間未満の雇用者の割合が増える一方、35~49歳では週60時間以上の長時間労働者の割合が高まって いる。雇用状況の悪化で、正社員の数が抑えられ、一人一人に負荷がかかっているため。結婚にとってはどちらもマイナス要因と指摘される。
■読者から
◇条件だけでない
結婚は年齢や収入だけで決まらないと思います。私は夫と結婚して7カ月目ですが、お互いに年齢や収入で見ていたら、おそらく今、結婚していなかったでしょう。
子どもに関しても、子どもを持つことより、お互いに健康であることの方が大切だと考えています。結婚とは数字的な条件に合う人とするのではなく、「共に生きる」ことだと私は思います=横浜市旭区、阿部園子さん(35)
◇案ずるより行動
3人の子の母です。介護施設職員の夫には、私と同い年の障害を持った弟がいます。付き合い始めたころ母に「そんな貧乏くじを引かなくても」と反対 されました。確かに不安はありました。彼の両親と弟の介護が重なったら……。考え始めたらきりがなく、結婚なんかできなくなります。収入も決して高くあり ません。
誰だって年を取れば障害を持ち、死んでいきます。だから障害者を抱える家族が特別とは思いません。限られた時間の中で、好きな人と一緒に暮らし て、子どもを産んで働けばいいじゃないですか。問題は結婚してから解決していっても遅くないと思います=千葉県佐倉市、主婦(35)◆仕事と介護で疲労。「気遣い少ない彼…結婚想像できない」
◇行政の支援乏しく 相手家族が反対も
「おれたち合わないのかな」「そうね」
昨夏、東京都内で食事した後、口論になった。結婚まで考えていた相手のつぶやき。練馬区の団体職員、長谷川由可さん(46)は気が付くと、冷たく言葉を返していた。
要介護状態が続いた父が78歳で亡くなり、母のがんも進行していた。「もう自宅でみる段階じゃない」。ヘルパーの説得に従い、病院や介護施設を探したが、どこも満杯だった。
衰えていく母の姿を見るつらさと、「守らなくては」という緊張感。「恋愛は心の張りになったけれど、介護と仕事で疲労する私に彼から気遣いは少なかった。結婚生活をイメージできなかった」
半年後、一人で母を看取(みと)った。
長谷川さんが結婚を断念したのは、これが2回目だ。
36歳の時、イタリア人男性と婚約。現地で暮らす計画だったが、父が軽い脳梗塞(こうそく)で倒れ入院。一時回復したが、転んで腰を打ち、要介護状態に。1年後、今度は母に肺がんが見つかった。
移住する前に、父の状況が悪化。「もうこれ以上、母に任せ切りにはできない」と結婚を見送った。姉は20代の時に病死。伯母の支えはあったが、働きながらの介護はつらかった。
施設を探しに区役所に行くと、冊子を渡されるだけ。訪問介護は制度改正で、同居の家族がいる場合は制限が多く使いにくくなった。「まだ専業主婦のいる家庭を前提にしている。一人っ子が親を介護するケースは今後増えるのでは。これでは結婚も、働きながらの育児も無理」
厚生労働省の調査によると、65歳以上の高齢者と未婚の子どもの世帯は次第に増加し、07年で全体の17・7%。立命館大の津止正敏教授(社会福祉論)は男性介護者に関する実態調査などを基に、介護者6、7人のうち1人は独身の子どもではないか、とみる。
少子化社会だからこそ、介護が結婚の壁となり、それがまた少子化に拍車をかける。日本はそうした連鎖の中に入りつつある。
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「結婚は互いの『家』を意識するもの。そのとき、弟の障害の意味を初めて認識しました」
横浜市の教員、弘也さん(36)=仮名=には、名古屋で両親と暮らす自閉症の弟(32)がいる。身の回りのことはできるが、知的な遅れがある。
名古屋市の大学の3年時、交際相手に突然別れを告げられた。「結婚後は弟さんの面倒も見ないといけないし、心配だって母が言うの」。弟のことは前から話していた。予想もしなかった。驚きで何も言えず、学生食堂の席にただ座っていた。
兄弟仲が良く、習い事へ連れていくのも弘也さんの役目。弟を恨む気持ちなどない。二人っきりの兄弟。将来、弟の面倒をみる気持ちに迷いはない。
別の女性とその後出会い、家族も紹介し合ったが、就職で名古屋を離れ疎遠になった。今も結婚しないと決めたわけではない。
「でも、あのときの気持ちを引きずっているのかも。また同じことを言われないかって」【大和田香織】=次回は22日掲載
◇人生前半のリスクに対策を--千葉大学の広井良典教授(社会保障論)
若者が生活基盤を築くまでの期間が延びている。晩婚化も現象の一つ。一方、晩産化で若い世代ほど親との年齢差が開き、人生の早い段階で親を介護す る例は今後増えるだろう。だが、施設も足りず、家族の大きな負担が前提になっている。日本の社会保障は年金など高齢期に手厚いが、人生前半のリスクへの対 策遅れは、結婚したい人ができない一因と言え、見直しが必要だ。
■読者から
◇女性の理想高い
東北に住んでいます。高卒で収入は多くありません。結婚相談所も、年収が少ないと断られます。以前、入会していた相談所は「東京の人は東北を貧乏な場所だと思い、誰も来たいと思わない」と言っていました。
引っ越してこちらに来ましたが、ここは結婚が早く、途中から来た者にはチャンスがありません。未婚の女性もいますが、理想が高く相手にされません。
この国では結婚は特別な人しかできないと思います。お金がない人と結婚したくないと言うなら、子どもが減っても不思議ではありません=福島県、男性会社員(38)
◇年齢条件は当然
4人の子どもがいます。未婚率が上がり、出生率が下がる。そのままの図式だと感じました。既婚者が何人か出産しても、出生率は未婚の人を含めて計 算されるからです。男性が女性に年齢条件を付けるのは当然だと思います。健康で安全に子どもを産める年齢は30代半ばまで。後半になると、それが初産であ ればあるほどリスクが高まります。子どもがほしいなら、健康で、と願うのは自然なのではないかと思います=福岡県、女性臨時職員(38)
毎日新聞 2008年11月15日 東京朝刊
未来育て:第3部・シングルと少子化/1 「35歳以下」譲れぬ男性…
◇「35歳以下」譲れぬ男性、「自分並み収入」望む女性
◇すれ違う条件 晩婚化、加速の一途
晩婚化がとまらず、むしろ加速し、未婚率が急速に高まった。逆に、出生率は過去最低の水準まで落ち込んだ。出生率低下は未婚・非婚の「シングル」 の急増抜きに解説できない。一方、各種調査で、男女の結婚願望自体に大きな変化はうかがわれない。では、結婚にたどりつかない背景に何があるのか。男女の すれ違いはどこで起きているのか。第3部はシングルを中心に、4回に分け底流を探る。
10月下旬の夜。東京・銀座。仕事を終えた東京都内の国家公務員の達雄さん(38)=仮名=は、1カ月前のお見合いパーティーで知り合った30代 前半の女性と食事をした。年齢、容姿とも希望に合う。カウンターに並んで座り、海外旅行の話題に話が弾んだ。「趣味も合いそう」。また会う約束をした。
「40歳までに結婚を」。結婚式などの準備を逆算し、39歳の誕生日までに相手を決めたい。結婚相談所から5人の紹介を受けた。相談所のお見合いパーティーで3人の女性と知り合った。
「理想は恋愛結婚」だった。だが、35歳ごろから合コンや友人からの紹介が少なくなった。心配した母の勧めで昨年、結婚相談所に足を運んだ。
容姿はやせ形で女優なら蒼井優……。条件はいろいろだが、譲れないのが年齢。30歳前後で、高くても35歳。子どもが欲しいから。自分の育った「夫婦と子ども2人」が理想だ。
今春、40歳前後の女性の多様な生き方をテーマにしたドラマ「Around40」(TBS系)が話題になり、その世代を指す「アラフォー」の言葉 もおなじみになった。達雄さんもすべて見た。天海祐希演じる主人公の女性は結婚もしたいが仕事もと、仕事へのこだわりを強く見せた。
「主人公の生き方は私には理解できない。『子どもはどちらでも』という女性にはフェロモンを感じられない」。達雄さんは語った。
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では、女性は?
千葉県の秀美さん(38)=仮名=は昨春、結婚情報サービス会社「オーネット」(東京都)に登録して驚いた。会員男性の希望で「35歳まで」という人が多かったからだ。
「結婚はそのうちできると思った」。だが、次第に、職場や友人を通しても出会いの機会が少なくなった。
面会申し込みが数十件あった。年齢は自分の前後5歳▽年収は自分の500万円台より上▽同居の祖母の介護も考え自宅から約1時間の範囲--が希望。最近は、実際に会う「お見合いパーティー」を重視する。でも「35歳まで」が気になる。
「出産のリスクを考えているのでしょうか。私は子どもはどうしても欲しいとは思わないんです」。秀美さんは小首をかしげた。
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ミスマッチは年齢だけではない。
「私の収入を頼られるのはいや」。結婚相談所に登録する東京都内の会社員、貴子さん(41)=仮名=は収入も重視する。
90年代初めに大学を出て1部上場企業に入社した。順調にキャリアを積み、現在の年収は800万円台。「お互いに高め合える男性」を望み、年収は「私と同じか、高い方がいい」。代わりに「年齢は上でも、下でも構わないし、容姿も二の次」とこだわらない。
ただ、年収800万円台の独身男性は多くはない。景気の先行きが不透明になる中、「狭き門」はさらに狭まる気配だ。【遠藤和行】=次回は15日掲載
◇出産の優先順位、女性で下がる傾向
国勢調査によると、35~39歳の未婚者の割合(未婚率)は、男女ともに年を追うごとにアップしている=グラフ参照。特に男性の場合は75年には1割に満たなかったのが、05年には3割に達した。
ただ、結婚への希望はそれほど変わらないようだ。財団法人家計経済研究所によると、未婚女性で、「すぐにでも」と「いずれは」を合わせた「結婚したい」意向の人は98年も07年も7割だった=表参照。
それでも未婚率が上がる原因の一つとして、首都圏でアドバイス経験が長い重田信子・オーネット千葉支社長は年齢に関する男女の希望のミスマッチを 挙げる。男性会員はほぼ子供を望み、「45歳になっても28~32歳を希望する」。一方、女性は自分の年齢の前後ほぼ5歳を希望する。さらにこの2~3年 は、会員女性の中で子どもを産むことの優先順位が落ちていると感じるという。
重田さんは「昔は出産の限界の年齢が結婚への背中を押しましたが、今や出産は結婚を決心させる効き目が薄れている」と話す。
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■28~33歳の未婚女性の結婚への考え(%)
98年 07年
すぐにでも結婚したい 15.2 19.1
今は結婚したくないがいずれはしたい 58.2 50.9
必ずしも結婚しなくてよい 22.4 23.2
結婚したくない 4.2 6.8
資料:財団法人家計経済研究所(07年調査)